のはじまりはじまり。
うまい肉だつた、よい酒だつた、今夜はおとなしく別れた、このところ樹明君大出来、あつぱれなおちつきぶりだつた、私と敬坊とはたしかに落第だつた。
ヨーヨーをやつてみる(樹明君が持つて来たので)、誰だかヨーヨーとひやかす。
出来るだけ借金を払ひ、出来るだけ買物をする、酒屋へ弐十弐銭、米屋へ弐十三銭、そして古本屋へ十銭払ふべく行つたら、彼はいつのまにやら夜逃してゐた、近頃ユーモラスな題材が多い。
落し物をした、――拾ふことあれば落すことあり、善哉々々。
一人となつて、千鳥が鳴くのを聞いた、やつぱりさびしい。
ねむれないから本を読む、本を読むからねむれない、今夜は少々興奮したのだらう、とかくしてまた雨となつたらしい。
鼠が天井を走る、さても辛棒強い鼠かな、庵主に食べる物がなくなつても、鼠には食べる物があるのか、不思議だな。
敬君がヒヨを一羽拾うてきた、打たれてまだ間がないと見えて、傷づいた胸がぬくかつた。
△西田天香さんの息子、本間俊平さんの息子、共に不良ださうなが、考へさせる人生の事実だ。
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 あれは九州といふ春の山また山
・うららかな、なんでもないみち
・林も春の雨と水音の二重奏
・かろいつかれのあしもとのすみれぐさ
 ママとよばれつつ蓬摘んでゐる
・藁塚ならんでゐる雑草の春
 あれこれ咲いて桜も咲いてゐる
・春はまだ寒い焚火のそばでヨーヨー
・みんなかへつてしまつて遠千鳥
[#ここで字下げ終わり]

 三月廿七日[#「三月廿七日」に二重傍線]

どうやら霽れさうだ。
ちよつと郵便局まで、冬村君の工場でしばらく話した、花見の約束をする、ハナ(花)ノシタより、ハナ(鼻)ノシタ!
すみれ、げんげ、なのはな、いろ/\の草花が咲きはじめた。
晩酌二合、甘露の甘露だつた。
しづかな一日、小鳥が啼いて、私が考へて、そして雨。
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・工場のひゞきも雨となつた芍薬の芽
・ぬかるみ赤いのは落ちてゐる椿
 雨あがり、なんと草の芽が出る出る
・けさはお粥を煮るとて春の黴《カビ》
・春さむく針の目へ糸がとほらない
 春夜、どこからきたのか鼠の声
・わらやねふけてぬくい雨のしづくする
 あすはお節句の蓬つむと乙女が来た
   追加二句
・お彼岸まゐりの、おばあさんは乳母車
・春さむく小舟がいつさう
[#ここで字下げ終わり]

 三月廿八日[#「三月廿八日」に二重傍線] 旧暦節句。

時化、霰さへ落ちた。
宵から朝まで、ぐつすり寝たので気分爽快、仕事が出来る。
鼠の悪戯には閉口する、よし持久戦だ、糧道を断つてやらう!
心のうちに雨がふる、――私もやつぱりまだセンチメンタリストだ!
糸菜――京菜を買ふ、一株一銭(小売値段が)とは安すぎる、何だか腹立たしくなつた、――が、煮てもうまい、漬けてもうまい。
滓酒一杯、それで虫をごまかす。
飯を食べないでも、嫌な行乞はしたくない、この気持は行乞の体験のない人には解らないらしい。
理智、理解、理論といふものが考へさせられる。
△摂取不捨[#「摂取不捨」に傍点]といふことも、同時に考へさせられる。
夜、冬村君来庵、お節句の蓬餅を貰つた、さつそく焼いて食べる、うまいうまい、つゞいて樹明君来庵、上機嫌だ、塩昆布茶をすゝりつゝ話す、そしておとなしく別れた、すこし淋しかつたが。
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・春寒い鼠のいたづらのあと
・春がしける日のなにもかも雑炊にしてすする
・たたきだされて雨はれる百合の芽である
・春時化のせせらぎがきこえだした
・林も水があふれる木の芽
 土のしじまの芽ぶいてきた雑草
 草萠えるあちらからくる女がめくら
 籠りをれば風音の煤がふる
 暮れるまへの藪風の水仙の白さ
 どこかで家が建つだいぶ日が長うなつた
・やつと山の端の三日月さん
   追加一句
 春|時化《シケ》、米がなくなつて餅がある
[#ここで字下げ終わり]

 三月廿九日[#「三月廿九日」に二重傍線]

快晴、春霜、なか/\寒い。
近郊散策、七句拾ふ。
△アスフアルトプラント(新国道舗装用の)を観る、人間と機械、機械と自然、この関係をはつきり理解しなければならない。
さくらのつぼみがふくらんだ、春、春、春だ。
新聞所載の九星表を見たら、『うか/\と山路に入つて、踏み迷ふ如き日』とあつた、足元御用心。
午後、意外にも敬治君来庵、自宅からわざ/\酒と餅とを持つて!
なかよくおとなしく飲んだり食べたり、山へ登つたり野を歩いたりした。
山から蘭を三株持つて帰つて、茶瓶に植ゑた、やんがて咲くだらう。
△日あたりのよい隠れ場処[#「日あたりのよい隠れ場処」に傍点]といふ語句を思ひついた。
夜、敬治君機嫌よく実家に帰る、樹明君はとう/\来なかつた、宴会があると聞いたから、おそくなつて、――とい
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