、酒に求め[#「求め」に傍点]ないで、酒を味ふ[#「味ふ」に傍点]やうにならなければウソですね。
ちよいと出かけて、ちよいと一杯。
夕方、帰途、樹明来、さびしい顔で酒が飲みたい、飲まずにはゐられないと訴へる、が、私は今や八方塞がりのどうすることも出来ない、もじ/\してゐると、君が一筆書いた、それを持参して一升借りて戻る、――悪い酒ではなかつたが寂しい酒だつた、あゝ、三人でうれしい酒を飲みたい!

 四月廿七日[#「四月廿七日」に二重傍線]

晴、冷、このあたりでは苗代風といふ。
昨夜も飲みすぎ食べすぎ、そしてまた朝酒。
雑木を雑草に活けかへる。
散歩、――新国道を嘉川まで、釈迦寺拝登、御開扉会、帰途は山越、白い花をつけた雑木がよかつた。
初めて燕を見、初めて蚊に喰はれた。
雀、蜂、蟻、庵をめぐつて賑やかなことである。
蕗のうまさ、ほろにがい味は何ともいへない。
樹明君来庵、春風微笑風景を展開した。
[#ここから2字下げ]
・青空の筍を掘る
・春山の奥から重い荷を負うて鮮人
・蕗のうまさもふるさとの春ふかうなり
[#ここで字下げ終わり]

 四月廿八日[#「四月廿八日」に二重傍線]

けふも晴れてつめたい、きのふのやうに一天雲なし。
ちよつと散歩したが――郵便局までハガキを出しにいつたが――一文なしではあまり興がのらない。
蕗はうまいなあ、まいにち食べても、なんぼ食べても。
午前は読書、午後は畑仕事、晴耕雨読でなくて、或読或耕だ、とにかく好日だつた。
[#ここから2字下げ]
 春空雲なくなまけものとしなまけてゐる
・春蝉もなきはじめ何でもない山で
・裏からすぐ山へ木の芽草の芽
・けふも摘む蕗がなんぼでも
・みんな芽ぶいてゐる三日月
・三日月さんには雲かげもなくて
[#ここで字下げ終わり]

 四月廿九日[#「四月廿九日」に二重傍線]

天長節日和とでもいはうか、まことにのどかな日だつた。
前の竹藪の持主から筍を頂戴した、掘りたてのホヤ/\だ、ありがたかつた。
午前は山を歩いた、若葉のうつくしさ、若草のうつくしさ。
午後は青年団員の競技をしばらく見物したが、私にはスポーツのおもしろさが解らない(すべての勝負事に興味を感じない私だ)。
運動総務の一人として樹明さんは少しばかり興奮してゐるらしい。
さう/\戻つて畑地を耕した、この方が私には愉快でもありまた相当してゐるやうだ。
筍はうまかつた、蕗とはちがつたうまさがある、だが、私は歯がいけなくなつて、ほろ/\抜けるから来年はどうかな(鬼よ笑へ!)。
[#ここから2字下げ]
 大空をわたりゆく鳥へ寝ころんでゐる
 春たけた山の水を腹いつぱい
・晴れきつて旗日の新国道がまつすぐ
・けさも掘る音の筍持つてきてくれた
・摘めば散る花の昼ふかい草
・送電塔が山から山へかすむ山
[#ここで字下げ終わり]

 四月三十日[#「四月三十日」に二重傍線]

曇、をり/\雨、夕方からどしやぶり。
晩春から初夏へうつる季節に於ける常套病――焦燥、憂欝、疲労、苦悩、――それを私もまだ持ちつゞけてゐる。
[#ここから2字下げ]
・春もどろどろの蓮を掘るとや
・春がゆくヱンジンが空腹へひびく
・くもりおもたい蛇の死骸をまたぐ
・食べるもの食べつくし雑草花ざかり
・春はうつろな胃袋を持ちあるく
・蕗をつみ蕗をたべ今日がすんだ
・菜の花よかくれんぼしたこともあつたよ
・闇が空腹
・死ぬよりほかない山がかすんでゐる
・これだけ残してをくお粥の泡
・米櫃をさかさまにして油虫
・それでも腹いつぱいの麦飯が畑うつ
・みんな嘘にして春は逃げてしまつた
 どしやぶり、遠い遠い春の出来事
・晴れてのどかな、肥料壺くみほして(追加)
・楢の葉の若葉の雨となつてゐる
 雨に茶の木のたゝかれてにぶい芽
・ゆふべのサイレンが誰も来なかつた
[#ここで字下げ終わり]
朝は、筍をたべてはお茶をのみ、晩は蕗をたべてはお茶をのんだ、昼御飯としては葱汁! 野菜デー[#「野菜デー」に傍点]だつた。
△米櫃に米があるならば、味噌桶に味噌があるならば、そして(ゼイタクをいつてすみませんが)煙草入に煙草があるならば、酒徳利に酒があるならば。――
△春があれば秋がある、満つれば缺げる、酔へば醒める、腹いつぱいも腹ぺこ/\も南無観世音、オンアリヨリカソワカ。
△飯の美味をたゝへ、胃の正直をほめよ。
夕方からどしやぶり、ふれ、ふれ、ふれ、ふれ、ふれ。
大降りの中を樹明君来庵、さつそく銀貨を投げだす、大降りの中を酒買ひにいつた、つゝましい酒だつた、樹明君が御飯をたべてくれたのはめづらしくもまたうれしいことであつた。
[#ここから2字下げ]
 どしやぶりのいなびかり、酒持つて戻るに
・蛙とんできて、なんにもないよ
 雨の水音のきこえだしてわかれる
 わかれていつた夜
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