にとりとめのない日和、かういふ日和には、しぜんルンペン――旅人をおもふ、行乞流転の苦を考へる。……
△俳句の本質については一家見を持つてゐるが、俳句と時代との相関についてはアヤフヤである、史的研究が不足してゐるからだ、勉強しなければならない。
△芸術の極致は自楽[#「自楽」に傍点]ではあるまいか。
△芸術は闘争を超越する(私は此意味に於て、明らかに芸術のための芸術、芸術至上主義者である)。
△社会――個性――芸術。
△酒を飲む[#「酒を飲む」に傍点]、から酒を味ふ[#「酒を味ふ」に傍点]、へ、そして、酒に遊ぶ[#「酒に遊ぶ」に傍点]、へ。
△酒と人とが、とうぜんとして融けなければ本当でない。
[#ここから2字下げ]
 こゝにも春が来て生恥をさらしてゐる
・煮ゑえ[#「え」に「マヽ」の注記]るもののうまいにほひのたそがれる
・煮ゑる音の、よい日であつたお粥
・たま/\人くれば銭のことをいふ春寒
・暗さ、ふくろうはなく
・梅はなごりの、椿さきつゞき
・椿おちてはういてたゞよふ
・おもひつめては南天の実
・春がきたぞよ啼く鳥啼かぬ鳥
 彼岸入といふ晴れたり曇つたりして
 晴れては曇る鴉のさわがしく
 人を待ちつゝあたゝかく爪をきりつゝ
[#ここで字下げ終わり]

 三月十七日[#「三月十七日」に二重傍線]

晴れて冷たく、降れば寒かつた。
憂欝な日だつた、敬君の手紙も私を憂欝にした、病気が何よりもいけない、出来る事ならば、私の頑健を分けてあげたい。
独り貧しく淋しく静かに。
今日も金を持たないための不快を味つた。
夕方、約束通り、樹明君がいろ/\の品物を持つてきてくれたが、今日ほど樹明君に対して、いや友人に対してすまないと思つた事はなかつた、樹明君のお嬢さんは危篤なのである、厚志はありがたくいたゞくけれど、樹明君を留めておいてはならないので、急き立てゝ帰つて貰つた、あゝ。
私の貧乏――それは自業自得だ――が私の周囲の人々を迷惑させることはほんとうに心苦しい、いひかへれば私がぐうたらであるために、私の敬愛する友人を悩ますことが私を責める(現に昨日、樹明君の場合に於ける事実を見よ)、私はもつと妥協的になつて世間並の生活を営むか、或はさらに虚無的になつて孤独地獄に落ちるか、どちらかに進まなければならない、それをつなぐ手段としては、酒をやめるか、または行乞をつゞけるかである、――私としては、三八九を発刊しつゝ、時々行乞するのが最もよい方法と思ふ、さうする外はないのだから。――

 三月十八日[#「三月十八日」に二重傍線] 彼岸入。

晴れたり、曇つたり、とりとめもないお天気。
郵便屋さんからバツト一本供養して貰つた、これも乞食根性のあらはれか!
掃除をする、ほうれんさうのおひたしをこしらへてをく。
樹明君を学校に訪ねて、大山さん歓迎の打合をなし、お茶と煙草とを貰ふ、何から何まで厄介になるのは、まつたくすまない(お嬢さんの容態が悪くないと聞いてほつと安心した)。
△病める七面鳥[#「病める七面鳥」に傍点]!
不精髯を剃つた、学校でIさんから剃刀を借りて。
ちしやを搾取しすぎたのだらう、従来の元気がない。
五時頃、大山さんが約束を違へずに来庵、一見旧知の如く即時に仲よしとなつた、予想した通りの人柄であり、予想以上の親しみを発露する、わざとらしさ[#「わざとらしさ」に傍点]がないのが何よりもうれしかつた、とにかく練れた人[#「練れた人」に傍点]である。
お土産沢山、――酒、味淋干、福神漬、饅頭。
間もなく樹明君も来庵、鶏肉と芹とをどつさり持つてきてくれた、ありがたいお接待役である、主人公はいたづらに右往左往してゐる。
まことに楽しい会合だつた、酒のうまさ、芹のうまさ、人と人とのなごやかさ。
だいぶ更けてから、三人で街を散歩する、すこし脱線したが、悪くない脱線だつた。
三時近くなつて帰庵、大山さんを寝床に就かせてをいて、樹明君を送つて行く、戻つたのが四時過ぎ、後始末してゐるうちに、東の空が白んできた、とう/\徹夜した(それでよかつたのである、実は私が着る蒲団はなかつたのである)。
[#ここから2字下げ]
・おぢいさんも山ゆきすがたの大声でゆく
   十八日夜三句
・つきあたつて大きな樹
・酔ひしれた月がある
・月影ながうひいて水のわくところまで
・水底青めば春ちかし(追加)
・椿またぽとりと地べたをいろどつた
・はなれた家で日あたりのよい家で
・蛙も出てきたそこへ水ふく
・眼白あんなに啼きかはし椿から椿
・こゝにふきのとうそこにふきのとう
・もう郵便がくるころの春日影
・ひつそりとしてぺんぺん草の花ざかり
   大山さん樹明君に、二句
・話しつかれてほつと千鳥が
・笠もおちつかせて芹のうまさは
・山の水をせきためて洗ふのがおしめ
・いつも空家のこぼれ菜の花
・すこし寒い雨がふるお彼岸まゐり
・夜ふけの風がでてきてわたしをめぐる
・触れて夜の花のつめたし
・夜風その奥から迫りくるもの
・こやしあたへるほそいあめとなり
[#ここで字下げ終わり]

 三月十九日[#「三月十九日」に二重傍線]

すつかり春だ。
増[#「増」に「マヽ」の注記]富黎々火さんが大山澄太さんと打合せてをいた通りに来庵、またお土産沢山、――味噌、塩昆布、蒲鉾。
大山さん自身出かけて、酒と酢と豆腐とを買うてくる、どちらがお客さんだか解らなくなつた。
樹明君もやつてくる、其中庵稀有の饗宴がはじまつた。
よい気持で草原に寝ころんで話した、雲のない青空、そして芽ぐみつゝある枯草。
道に遊ぶ者[#「道に遊ぶ者」に傍点]の親しさを見よ。
夕方、それ/″\に別れた、私は元の一人となつた、さみしかつた、さみしくなければ嘘だ。
夜、樹明君再来、何だか様子が変だつた、私も少々変だつた。
風を聴きつゝ、いつしか寝入つてしまつた。
[#ここから2字下げ]
・こゝからがうちの山といふ木の芽
 石に蝶が、晴れて風ふく
    □
 春風の鉢の子一つ
[#ここで字下げ終わり]
┌厳陽尊者、一物不将来の時如何。
│趙州和尚、 放下着。

│厳―――、一物不将来、箇の什※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]をか放下せん。
└趙―――、擔取し去れ。

『山はしづかにして性をやしなひ、水はうごいて情をなぐさむ』



底本:「山頭火全集 第四巻」春陽堂書店
   1986(昭和61)年8月5日第1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※複数行にかかる中括弧には、けい線素片をあてました。
入力:小林繁雄
校正:仙酔ゑびす
2009年1月15日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全9ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング