てゐることだらう、色男台なしになつちやつた。
酒の下物《サカナ》はちよつと[#「ちよつと」に傍点]したものがよい、西洋料理などは、うますぎて酒の味を奪ふ、そして腹にもたれる。
樹明さんは、来庵者が少い――殆んど無いといふことを憤慨してゐるが、私としては、古い文句だけれど、来るものは拒まず去るもの追はず、で何の関心もない、理解のない人間に会ふよりも、山を見、樹を眺め、鳥を聞き、空を仰ぐ方が、どのぐらいうれしいかは、知る人は知つてゐる。
敬治さんは、炬燵がなくては困るだらうと心配してくれる、しかし、私はまだ、炬燵なしにこの冬を凌ぐだけの活気を残されてゐる、炬燵といふものは日本趣味的で、興あるものであるが、とかくなまけもの[#「なまけもの」に傍点]にさせられて困る、あつて困る方が、なくて困る場合よりも多い、だが、かういう場合の炬燵――親友会飲の時には、炬燵がほしいな。
私の寝仕度もおかしいものですよ、――利久[#「久」に「マヽ」の注記]帽をかぶつて襟巻をして、そして、持つてるだけの着物をかける、何しろ掛蒲団一枚ではやりきれないから。
亀の子のやうにちゞこまらないで、蚯蚓のやうにのび/\と寝るんですな!
[#ここから2字下げ]
・雪へ雪ふるしづけさにをる
・雪にふかくあとつけて来てくれた
・雪のなかの水がはつきり
・なにもかも凍つてしまつて啼く鴉
  樹明君に
・雪のゆふべの腹をへらして待つてゐる
・雪も晴れ伸びた芽にぬくいひざし
・火を燃やしては考へ事してゐる
・雪ふるひとりひとりゆく
・水のいろのわいてくる
・雪折れの水仙のつぼみおこしてやる
   改作一句
・この柿の木が庵らしくするあるじとなつて[#「なつて」に白三角傍点]
 遠く遠く鳥渡る山山の雪
 雪晴れの煙突からけむりまつすぐ
 小鳥が枝の雪をちらして遊んでくれる
 今夜も雪が積みさうなみそさゞい
 暮れはやくみそつちよが啼く底冷えのして
 電燈きえて雪あかりで食べる
・いそいでくる足音の冴えかえる
・雪あした、あるだけの米を粥にしてをく
 山の水の張りつめて氷
・雪の山路の、もう誰か通つた
・雪のあしあとのあとをふんでゆく
・霜ばしら踏みくだきつゝくらしのみちへ
・雪どけみちの兵隊さんなんぼでもやつてくる
・大きな雪がふりだして一人
・おぢいさんは唄をうたうて雪を掃く
・朝の墓場へもう雪が掃いてある
[#ここで字下げ終わり]

 一月廿八日[#「一月廿八日」に二重傍線]

ゆつくり朝寝、けふもまた雪か。
お茶はうまいが食べる物がない、あまり食慾もない、お仏飯をさげていたゞく(十粒ぐらいしかないけれど、それで十分だつた)。
古新聞と襤褸を屑屋へ売つて、少しばかり金が出来た。
米一升、酒屋へ、肴屋へ二十四銭払ふ。
彼――某酒店の主人――の心をあはれむ、いやしい人間[#「いやしい人間」に傍点]だ。
待つてゐた敬坊が来た、県庁へ出張する彼を駅まで見送つて行く、そしてちよつぴりやる。
それから、冬村君の仕事場に立ち寄つて、いつぞや押売してをいた厚司の代金を受取る、それで払へるだけマイナスを払ふ、だいぶさつぱりした。
夕方、樹明来、鰯で一杯やる、今夜こそは私が奢つたのだ、のう/\した気持だ。
敬坊が木炭を買うてくれたのはありがたかつた。
鰯、鰯、鰯ほどやすくてうまい魚はない、感謝する。
例によつて、樹と山と二人はインチキバーでホツトウイスキー、こゝろよく酔うてこゝろよく別れた。
『鉄鉢の句』
こゝまでくれば、もう推敲といふやうなものからは離れる、私はしゆくぜんとして、因縁の熟するのを待つばかりである。
『ひとり』を契機として孤独趣味、貧乏臭、独りよがりを清算する、身心整理の一端として。
[#ここから2字下げ]
 押しつぶされて片隅の冬鴨のしづか
 ひとり雪みる酒のこぼれる
  樹明夫人に
・お産かるかつた山茶花のうつくしさ
  樹明赤ちやんに
・雪ふるあしたのをんなとしうまれてきた
 競つて売られる大魚小魚寒い風
・林となり雪の一しほおちついて
・ゆふやみの恋猫のこゑはきこえる
・冴えかえる水音をのぼれば我が家
 赤いものが捨てゝある朝の寒い道
 林のなか、おちついて雪と私
・ほいなく別れてきて雪の藪柑子
・つららぶらさがらせてやすらけく生きて
 大根みんなぬかれてしまつた霜
・けふも鴉はなく寒いくもり
・ハガキを一枚ぬかるみのポスト
[#ここで字下げ終わり]

 一月廿九日[#「一月廿九日」に二重傍線]

雪、あたまはよいが胃がわるい。
あれこれと用事がないやうでなか/\ある、けふは街まで五度も出かけた。
夜、敬坊来、街でほどよく飲んで、街はづれまで送つた。
酒あり、炭あり、ほうれんさうあり。
私もすつかり落ちついた、落ちつき払つては困るけれど。

 一月三十日[#「一月三十日」
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