のがなくなつた、塩と砂糖とが残つてゐるだけだ(いやまだ/\野菜と水とがある)。
夜はしづかに読書した、火鉢に火があり、煙草入に煙草がある、私は幸福だつた。
かうして、私は閑寂枯淡の孤独生活[#「閑寂枯淡の孤独生活」に傍点]にはいることができるやうになつた、私は私自身を祝福する。
悠々淡々閑々寂々。
樹明君も敬治君も、緑平老も井師も喜んで下さるだらう。
自分の性情がはつきりしてきた、随つて自分の仕事もはつきりした、私はかういふ私としてかういふ仕事をすればよいのだ、さうするほかないのだ。――
しめやかなうれしさがからだいつぱいになつた。
[#ここから2字下げ]
・草のそのまま枯れてゐる
そのまま枯れて草の蔓《ツル》
・楢の葉の枯れてかさかさ鳴つてゐる
・燃えてあたたかな灰となつてゆく
・食べるもの食べつくし何を考へるでもない冬夜
・いたづらに寒うしてよごれた手
・冬日まぶしく飯をたべない顔で
・落葉ひよろ/\あるいてゆく
ひよろ/\あるけばぬかるみとなり落葉する
・落葉して夕空の柚子のありどころ(再録)
[#ここで字下げ終わり]
一月十九日[#「一月十九日」に二重傍線]
雪もよひ、手紙は来ない、行乞は気がすゝまないからやめる、といふ訳で、野菜食[#「野菜食」に傍点]がはじまる、菜葉(大根葉をも)をラードでいためて塩で味付けするのだつた。
五厘銅貨を握つて村のデパートへ出かける、きのふ、おばさんの諒解が得てあるので、焼酎一合と豆腐二丁とを買うて戻る(此代金十六銭、まだ二銭あまつてゐる!)、飯をたべないものだから、何となくよろ/\する(酒好きは酒好きですね、間違なく)。
朝は砂糖湯、昼は野菜、それから焼酎と豆腐だつた、これではゼイタクすぎる、まつたくさうだ。
とにかく山籠と思へば何でもない、いや、けつこうすぎる、かういふ機会を活用して、かういふ食事をしなければウソだ。
おちついた、おちついた、おちつきすぎるほどおちついた(すぎる[#「すぎる」に傍点]といふ言葉をつかひすぎる!)。
……焼酎はにがかつた(いかに酒のうまいことよ)、豆腐はからかつた(こゝで味噌醤油の必要なことがわかる)、でも、おかげで、腹がふくれて、ほろ酔気分になつた。
その気分で原稿を書いた、曰く、乞食漫談[#「乞食漫談」に傍点]、曰く、其中庵日記[#「其中庵日記」に傍点]。
さらに書きたいのが、過去帳[#「過去帳」に傍点]――自叙伝(これは長くなる)。
やつぱり御飯がたべたい、米がほしい、私は日本人だから、日本的日本人[#「日本的日本人」に傍点]だから(しかし、この豊葦原の瑞穂の国に生れてきて、酒がのめるとはうれしいな!)。
ゆふべ、枯枝をひろひあるいて、二句作つたが、放哉坊の『枯枝ぽきぽき折るによし』には、とてもとても。
昨日今日の新聞は、第二共産党検挙記事で賑やかな事此上なし、共産党そのものは私の批判以外の事件だが、彼等党人の熱意には動かされざるを得ない、人と生れて、現代に生きてゆくには、あの熱意がなければならない、私は自から省みて恥づかしく、そして羨ましく思つた。
学校からの帰途、樹明君が寄つてくれた、ほんとうに久しぶりだつた(こゝへきてから逢はなかつた時日に於て最長レコード)、かはつた事がなくて、元気な顔を見てうれしかつた(先日、たしか十一日にやつてきた時は色身憔悴だつた)、そしておみやげをいろ/\貰つた、干魚、塩辛、インキ、そしてバツト。
何やかや食べて飲んで、腹がいつぱいになつたけれど、御飯を食べないものだから、何だか力がなくて労[#「労」に「マヽ」の注記]れてゐる、日本人は(今日以後の若い人は、私たちより時代のちがふ若い人は別として)やつぱり、米喰ふ虫[#「米喰ふ虫」に傍点]だ。
早く、寝床にはいつて漫読する、野上八重[#「八重」に「マヽ」の注記]子さんの小説の文章の気のきいてゐるのに感心した。
それでは、けふはこれでさようなら。
書き漏らした事をもう一つ、――今夜はどうしたわけか、やたらに溜息がでる、はてめんような、これは何の溜息でござるか!
[#ここから2字下げ]
・湯がわいてくる朝日をいれる
・枯木よりそうて燃えるあたゝかさ
・あたゝかく枯枝をひろうてあるく
・ゆふべの枯枝をひろへばみそつちよ
夕風の枯草のうごくは犬だつた
・更けて荷馬車の、人が馬が息づいて寒い星のまたたき
・落葉鳴らして火の番そこからひきかへした
・つめたいたたみをきて虫のぢつとしてゐる
落葉ふかく藪柑子ぽつちり
すこし日向へのぞいて藪柑子
ちぎられて千両の実のうつくしくちらばつて
・日向の梅がならんで満開
・夜どほしで働らく声の冴えかえる空
冴えかえる夜でようほえる犬で
たたずめばどこかで時計鳴る
句賛として四[#「四」に「マヽ」の注記]句
一日花
前へ
次へ
全22ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング