自分といふものが、そこらの一草一石のやうに、何のこだはりもなく露堂々と観照される。……
今朝の片破月はうつくしかつた、星もうつくしかつた、空のすべてがうつくしかつた、そよとの風もない、そして冷たさのしん/\と迫つてくる天地はうつくしいものであつた、かういふ境地、かういふ境地から湧いてくる情趣は俳句的であると思つた。
△朝早くから、いろ/\の小鳥がやつてくる、――モズ、ヒヨ、メジロ、シヂユウガラ、ミソサヾイ――スヾメも時々くればよいのに。
めづらしい大霜だつた、何もかも霜をかぶつてゐた、霜といふものはずゐぶんうつくしいものだと感じ入つた。
待ち設けた敬治君がきた、一杯やつてゐるところへ、樹明君がおくれたのであはてゝやつてきた、これで揃つた、酒、酒、酒、そして鰯、竹輪、うどん、汁、飯、等々等。
ほんとうによい酒だつた、うれしい酒だつた、おだやかな、をはりを全うした酒だつた、近来稀な、私たちの酒だつた。
よく寝た、ありがたい、ありがたい。
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・大霜、釜をみがく
・枯枝、するどい霜の
・霜の水仙うごかず
・落葉うづたかし霜しろく
・わらや霜どけしづくするゆたかな音
・さわがしく竹をきつてゐる霜どけ
 麦の芽、麦の芽と親子でうつ
・雪もよひ、莚織つてゐる子だくさん
   長州料理
 これがちしやもみ[#「ちしやもみ」に傍点]といふふるさとにゐて
・冬山から音させておりる一人二人
 藪のしづかさが陽をのんでしまつた
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 二月二十日[#「二月二十日」に二重傍線]

けふもよい日だ、寒いことは寒いけれど。
桂子さんからうれしい手紙が来た、桂子女菩薩、女人に反感を持つてゐるのは誰だい。
買物をする、第一は酒、第二は魚、諸払をする、酒屋、魚屋、そして湯屋。
夕、樹明君を招待する、酔うて出かけた、そしてワヤ、いけなかつた、ゴロにぶつつかつた、君を送つていつて、とう/\泊つた(樹明君、もう歩きまはることは止めませう)。
桑原、々々、敬遠、々々。
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けさをひらいた水仙二りん
馬が尿する日向の藪椿
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 二月廿一日[#「二月廿一日」に二重傍線]

樹明居で朝飯をよばれる、産後の奥さんにすまないと思ふ。
何とうらゝかなお天気だらう。
桂子さんから小包到来、御厚情のかず/\ほんとうにありがたく頂戴いたしま
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