ところで、血書の話を聞いて、みんな微苦笑したことであつた、血書もかう流行的になつてはインチキがあるのも当然だらう、黒い心を赤い血で書いて[#「黒い心を赤い血で書いて」に傍点]、それがどうしたといふのだらう、裃をきてゐても不真面目があり、どてらをきてゐても真摯がある、シンケンらしいウソ[#「シンケンらしいウソ」に傍点]を呪ふ。
けふもいちにち、ものをいふこともなかつた、たゞ執筆し読書した、そして月のよろしさをよろこびながら寝た。
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 更けゆけば咳入るばかり(述懐)
・干大根が月のひかりのとゞくところ
 月の暈、春遠くない枝に枝
・月が暈きた餅持つてきてくれた(樹明君に)
 別れよう月の輪を見あげ
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 二月五日[#「二月五日」に二重傍線]

春近しの感がある、霜のとけるほどあたゝかい。
そこらあたりを漫歩する、漫[#「漫」に傍点]はそゞろ[#「そゞろ」に傍点]と訓む、目的意識のないことを意味する、漫談、漫読、漫想、漫生!
無為而化――そんな一日であつた、たゞ一事の記すべきがあつた、珍客来、Hのおばさんとふうちやんとが立ち寄つたのである、私は彼女等の好奇心と好意とに対して微苦笑するより外はなかつた。
義庵老師から、禅の生活と大乗禅とを六冊送つて下さつた、深謝感佩。
ぬくう暮れて、月が暈をかぶつてゐる、寝るより外なく、寝て読書してゐると、樹明君来庵、大村君を伴つて、そして餅を持つて。
その餅を焼いて食べながら話す、句の話、やつぱり句の話が一等よろしい。
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・いかりおさへてさむいぬかるみもどつてきたか(自嘲)
 こやしあたへてしみ/″\ながめるほうれんさうで
・掃きよせ掃きよせた落葉から水仙の芽(再録)
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 二月六日[#「二月六日」に二重傍線]

けさはまつたく早すぎた、御飯、御勤、何もかもすんでしまつても、まだ/\なか/\明けない、禅書を読んだ。
ぬくうてなごやかだつたが、だん/\つめたくなり、小雪ちりはじめた、畑仕事の手が寒かつた、そしてとう/\雨になつた。
今日も行乞には出かけられさうにもない、餅でも食べてをるか!
夕方、樹明君から来状、今夜は宿直だから、夕飯と晩酌とを御馳走しようとの事、大に喜んで出かける、飲む食べる話す、そして別れてHおばさんのところで、一品の二本、それか
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