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 一月廿八日[#「一月廿八日」に二重傍線]

ゆつくり朝寝、けふもまた雪か。
お茶はうまいが食べる物がない、あまり食慾もない、お仏飯をさげていたゞく(十粒ぐらいしかないけれど、それで十分だつた)。
古新聞と襤褸を屑屋へ売つて、少しばかり金が出来た。
米一升、酒屋へ、肴屋へ二十四銭払ふ。
彼――某酒店の主人――の心をあはれむ、いやしい人間[#「いやしい人間」に傍点]だ。
待つてゐた敬坊が来た、県庁へ出張する彼を駅まで見送つて行く、そしてちよつぴりやる。
それから、冬村君の仕事場に立ち寄つて、いつぞや押売してをいた厚司の代金を受取る、それで払へるだけマイナスを払ふ、だいぶさつぱりした。
夕方、樹明来、鰯で一杯やる、今夜こそは私が奢つたのだ、のう/\した気持だ。
敬坊が木炭を買うてくれたのはありがたかつた。
鰯、鰯、鰯ほどやすくてうまい魚はない、感謝する。
例によつて、樹と山と二人はインチキバーでホツトウイスキー、こゝろよく酔うてこゝろよく別れた。
『鉄鉢の句』
こゝまでくれば、もう推敲といふやうなものからは離れる、私はしゆくぜんとして、因縁の熟するのを待つばかりである。
『ひとり』を契機として孤独趣味、貧乏臭、独りよがりを清算する、身心整理の一端として。
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 押しつぶされて片隅の冬鴨のしづか
 ひとり雪みる酒のこぼれる
  樹明夫人に
・お産かるかつた山茶花のうつくしさ
  樹明赤ちやんに
・雪ふるあしたのをんなとしうまれてきた
 競つて売られる大魚小魚寒い風
・林となり雪の一しほおちついて
・ゆふやみの恋猫のこゑはきこえる
・冴えかえる水音をのぼれば我が家
 赤いものが捨てゝある朝の寒い道
 林のなか、おちついて雪と私
・ほいなく別れてきて雪の藪柑子
・つららぶらさがらせてやすらけく生きて
 大根みんなぬかれてしまつた霜
・けふも鴉はなく寒いくもり
・ハガキを一枚ぬかるみのポスト
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 一月廿九日[#「一月廿九日」に二重傍線]

雪、あたまはよいが胃がわるい。
あれこれと用事がないやうでなか/\ある、けふは街まで五度も出かけた。
夜、敬坊来、街でほどよく飲んで、街はづれまで送つた。
酒あり、炭あり、ほうれんさうあり。
私もすつかり落ちついた、落ちつき払つては困るけれど。

 一月三十日[#「一月三十日」
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