庵、よく写つてゐる、あまりに私らしい、同時にあまりに私らしくない写真でもあつたが、とにかく、禅坊主としての私、庵主としての私は出てゐる、感謝々々。
藁麦の花はいゝ、声が嗄れて話すことがむつかしくなつた、何だかさみしくなる。
さういふ私を気の毒と思つてだらう、樹明兄が乏しい弗入から五十銭玉一つをおいていつた、ありがたしとばかり、すぐ駅通りまで出かけて、焼酎と豆腐とを買うて戻つて、ゆつくり、しんみり、やりました、うまかつた、ありがたかつた、酔うた、酔うた、いつとなく前後不覚になつてしまつた。
改めて御礼をいふ、南無樹明如来、焼酎大明神、豆腐菩薩。……
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・三日月、おとうふ買うてもどる
・新道まつすぐにして三日月
・夜《ヨル》へ咳入る(改作)
わたしがはいればてふてふもはいる庵の昼
・ひとりで酔へばこうろぎこうろぎ
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十月五日
めづらしく朝寝した、もう六時に近かつた、それほど私は心地よく酔うたのである。
柿の落葉はわるくない、掃いてゐるうちに、すぐまた落ちる、それがかへつてよろしい、掃き寄せて、その樹、その実を仰ぐ気持はうれしい。
前の家から柿を貰つた、さつそく剥いだ(私はあまり木の実を食べないが、柿だけは以前から食べる)、いはゆる山手柿[#「山手柿」に傍点]を味つた、うまかつた、私は柿を通して木の実が好きになるだらうと思ふ。
柿は枝振も木の葉も実も日本的[#「日本的」に傍点]だ(茶の木が花が日本的であるやうに)。
この秋日和! もつたいないほどである。
達麿忌である、廓然無聖、冷暖自知。
樹明兄から約束の通りに寄贈二品、一は白米、これは胃腸薬として、そして他は砂糖、これは風邪薬として。
ウソでもない、ジヨウダンでもない、ホントウだ、私にはもう食べるものがなくなつてゐたのだ、風邪をひいて咳が出て咽喉がいたいのに砂糖湯さへ飲めなかつたのだ。
だから、今日の樹明はメシヤだつた!
何と久しぶりに、そして沢山、甘い物を飲んだことよ。
寥平兄からなつかしいたよりがあつた、熊本はなつかしくもいやな土地となつた、私にとつては。
湯屋でゆつくり、そして酒屋でいつぱい、それから栄山公園の招魂祭へいつた、そこは小郡町唯一の遊覧地である、まづ可もなし不可もなしだらう。
ゆう/\としてぶら/\帰庵すると、樹明兄が待つてゐた、招魂祭で早引けだつたから、ちよいと寄つてみたといふ、忙しい/\といひながら(事実、彼は農学校の書記であり、山手の百姓であり、小郡町の酒徒であり、そして私たち層雲の俳人でもあるのだ)来庵せずにはゐられないところに(そして私自身も彼の来庵を期待してゐる)、そこに私たち二人の友情があり因縁があるのだ、私としては彼の世話になりすぎると思うてゐるけれど、彼としては私に尽し足らないと考へてゐるかも知れない(彼の場合はやがて敬治坊のそれでもあらうか)。
今日はほうれんさうを播いた、昨日のやうに二うね耕したのである(樹明兄は一気呵成に、まつたく彼らしく一うね耕してくれた)。
播く――何といふほがらかな気持だらう。
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・朝やけ雨ふる大根まかう
うれておちる柿の音ですよ
・ふるさとの柿のすこししぶくて
秋晴二句
・秋晴れの空ふかくノロシひゞいた
秋晴れの道が分れるポストが赤い
招魂祭二句
ぬかづいて忠魂碑ほがらか
まひるのみあかしのもゑつゞける
□
・秋ふかく、声が出なくなつた
道がなくなり萩さいてゐる
このみちついて水のわく
・またふるさとにかへりそばのはな
そばのはな、こゝにおちつくほかはない
□
虫も夜中の火を燃やしてゐる
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十月六日
夜が長くなつた、朝晩はなか/\寒い、空の高さ、星の美しさはどうだ、今朝などは、まつたく雲がなかつた。
今日も土いぢり、芽生えるものを味ふ。
油虫よ、殺したくはなかつたけれど。――
秋風を感じた(心よりも身に於て)。
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ひとりごといふ声のつぶれた
・お寺の鐘も、よう出来た稲の穂
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十月七日
任運自在、起きたい時に起き、食べたいだけ食べる。
さびしさには堪へうる私だけれど、うるささにはとても/\。
毎日待つてゐるのは、朝は郵便、昼は新聞、夕は樹明、そして夜は!
午前中、秋晴半里を逍遙した、彼岸花はすつかりすがれた、法師蝉もあまり鳴かなくなつた、たゞ柿が累々として赤くうれてゆく。
四辻におもしろい石地蔵尊が立つてゐられた(ダイカンヂゾウ!)。
樹明兄を往訪して、明日の山口行を取消さうと思つてるところへ来訪、残念だけれど、こんなに声が嗄れてゐてはとても行乞は出来ないから。――
いよ/\煙草の粉末までなくなつた、酒屋へは無論、湯屋へも行けない(それでもヤキモキしなくなつたゞけは感心)、それにしても胃袋よ、お前はたつしやでふとくなつたね!
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墓がならびそうしてそばのはな
大空たゞしく高圧線の列
家がとぎれてだん/\ばたけそばばたけ
・刈田はれ/″\と案山子である
□
・貧乏のどんぞこで百舌鳥がなく
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(これは私自身をうたうたのではない、けふ歩いてゐるうちに、ある貧家を見た時の実感である、しかし、それがその時の私を表現してゐないといふのではない、いや、私自身を表現してはゐようが、自己の直接表現ではない)
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□
・明けてくる熟柿おちる
茶の木が実をもつてゐる莟つけてゐる
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(『捨てきれないもの』ありやなしや、いへいへ)
十月八日
けさも早かつた、朝が待遠かつた、もう火鉢が恋ひしい。
だいぶ長く乞食をしたので、ちよい/\乞食根性[#「乞食根性」に傍点]が出てきて困る、慎其独[#「慎其独」に傍点]、恥づかしい。
土を運ぶ、蚯蚓の家[#「蚯蚓の家」に傍点]を破壊した。
よいたより、うれしいたより、ありがたいたより。
街へ出かけた、いろ/\の買物、そしてとう/\またわや[#「わや」に傍点]になつた、Tさんの店で、Kさんの店で。
買物をさげてかへる、樹明兄が山口からの帰途を立寄つた、酒と魚とを持つて。
酔うて寝てゐた、樹明兄が敷いてくれた寝床のなかに! ぐつすり寝た。
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・隣も咳入つてゐる柿落葉
ひとり住めば木の葉ちるばかり
住みなれて茶の花さいた
・みほとけのかげわたしのかげの夜をまもる
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┌雨ふるふるさとは――┐
│灯かげ日かげ―― │
└ 日かげ二句 ┘
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我昔所造諸惑[#「惑」に「マヽ」の注記]業
皆由無始貪瞋癡
従身口意之所生
一切我今皆懺悔
衆生無辺誓願度
煩悩無尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成
自帰依仏 当願衆生 体解大道 発無上心
自帰依法 当願衆生 深入経蔵 智慧如海
自帰依僧 当願衆生 統理大衆 一切無礙
[#ここで字下げ終わり]
十月九日
晴、昨日の今日だから身心がすぐれない、朝寝して残酒残肴を片付けてゐたら、六時のサイレンが鳴りだした。
即今の這是[#「即今の這是」に傍点]だ、参。
一人はよいかな、日向ぼつこしてゐる私は一人だよ。
湯屋まで出かける、イージーゴーイングな自分に鞭ちつゝ早々帰庵した。
ゲルトなし、アルコールなし、エゴなし。
Sさん一家族みんなで柿もぎに来た、子供はうるさいね、裏畑の柿をもぐべく、近所の娘さんが二人連れで来た、ナツメを下さいといふ、サア/\おとりなさい、いんぎんに礼をいつて行つた、若い女性はやつぱりわるくないな。
[#ここから2字下げ]
・酔へばやたらに人のこひしい星がまたゝいてゐる
裏からつめたく藪風のふきぬけてゆく
・わかれてもどる木の実をひらふ
・秋あつくせりうりがはじまつた
・月に咲けるはそばのはな
・寝るよりほかない月を見てゐる
(放哉坊の句とは別な味があると思ふが)
[#ここで字下げ終わり]
昨日の買物(此言葉はよい)、――
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一、端書切手 十銭(私の買物はいつでも郵便局からはじまる、何故!)
一、線香 一 六銭 一、茶 一袋 十銭
一、煙草([#ここから割り注]バツトナデシコ[#ここで割り注終わり])十一銭 一、小バケツ 十二銭
一、いりこ五十目 十三銭 一、菜葉二把 四銭
一、焼酎一合 十二銭 一、ノート一冊([#ここから割り注]日記用[#ここで割り注終わり])八銭
合計金 八十六銭也
(財布にまだ一円ばかり残つてゐたが、例のワヤで、酒や豆腐や松茸になつてしまつた)
[#ここで字下げ終わり]
とにかく、近頃の私は飲みすぎる、遊びすぎる、生死の一大事を忘れてはゐないけれど、やゝすてばち気分[#「すてばち気分」に傍点]に堕してゐることを痛感する、こんなことで何が庵居だ、何の句作だぞといひたくなる、清算、精進、一念一路の真実[#「一念一路の真実」に傍点]に生きよ。
私は柿を愛する、実よりも樹を、――あの武骨な枝、野人的な葉、そこには近代的なものはないが、それだけ日本的だ、日本的なもの以外には何物もない(もつとも近来だいぶ改良されてはゐるが)。
小さな犯罪、それを私は敢てした、裏畑の茗荷の子を盗んだのである、忘れられた茗荷の子だ、不運なその子は私の胃の腑で成仏しなければならなかつた。
[#ここから2字下げ]
追加二句
・三日月のどこやら子供の声がある
・夜なべの音の月かげうつる
[#ここで字下げ終わり]
十月十日
今朝も朝寝だつた、といつても五時過ぎだつたが。
咳嗽には閉口する、閉口しながら、酒は飲むし、辛いものは食べるし、そして薬は飲まないのだから、それが当然だらう。
暁の百舌鳥の声は鋭い。
俊和尚からのハガキ一枚、それがどんなに私を力づけたか(昨日、預けてあつた冬物を、寒いので急に思ひだしたといつて送つてくれたのである)。
ほんとうによいお天気だ、洗濯をする(三枚しかない)、雑巾がけをする、気持がシヤンとした。
さてもうらゝかな景色ぢやなあ、ほがらかなことでござる。
大根を間引く、間引いたのはそのまゝお汁の実。
人間は――少くとも私は――同じ過失、同じ後悔を繰り返し、繰り返して墓へ急いでゐるのだ、いつぞや、口の悪い親友が、私のぐうたらを観て、よく倦け[#「け」に「マヽ」の注記]ませんね、おなじ事ばかりやつてゐて、――といつたが、それほど皮肉を感じたことはなかつた、現に、小郡に来てからでも、私は相も変らず酒の悪癖から脱しえないではないか。……
午後入浴、自分で剃髪する、皮膚がピリ/\するので利久[#「久」に「マヽ」の注記]帽をかぶつたまゝで起居する、いやどうも自分ながら古くさくなつたぞ、破被布を羽織つて、茶人帽をいたゞいて火鉢の縁を撫でゝゐては、あまりに宗匠らしい、咄。
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二葉となりお汁の実となり(大根の芽生に)
日本晴れの洗濯ですぐ乾く
・萩もをはりの、藤の実は垂れ
・くみあげる水がふかい秋となつてきた
ふるさとのそばのあしいよ/\あかし
さみしさがけふも墓場をあるかせる
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さみしいから(或る日はアルコールでまぎらすけれど)あてもなくあちこちあるきまはる、藁麦畑、藷畑、墓場、大根畑、家、人。
このあたりは柿も多いが椿も多い、前のF家の生垣は椿である、ところ/″\に大椿がある、実がなつてゐる、家に乾してもあるだらう。
井戸の水が毎朝めつきり減つてゆく、釣瓶の綱をつないでもまたつないでも短かくなる、こゝにも深みゆく秋の表現がある。
だん/\食べるものがなくなつてゆく、――もう醤油も味噌も酢もなくなつたが、――まだ塩がある(米だけは、ありがたいことは大丈夫だ、樹明菩薩が控へておいでだから!)。
掃くよりも落ちるが早い柿の葉だ、掃いたところへ散つた葉はわるくない(私もだいぶ神経質でなくなつたやうだ
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