たから、ちよいと寄つてみたといふ、忙しい/\といひながら(事実、彼は農学校の書記であり、山手の百姓であり、小郡町の酒徒であり、そして私たち層雲の俳人でもあるのだ)来庵せずにはゐられないところに(そして私自身も彼の来庵を期待してゐる)、そこに私たち二人の友情があり因縁があるのだ、私としては彼の世話になりすぎると思うてゐるけれど、彼としては私に尽し足らないと考へてゐるかも知れない(彼の場合はやがて敬治坊のそれでもあらうか)。
今日はほうれんさうを播いた、昨日のやうに二うね耕したのである(樹明兄は一気呵成に、まつたく彼らしく一うね耕してくれた)。
播く――何といふほがらかな気持だらう。
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・朝やけ雨ふる大根まかう
 うれておちる柿の音ですよ
・ふるさとの柿のすこししぶくて
  秋晴二句
・秋晴れの空ふかくノロシひゞいた
 秋晴れの道が分れるポストが赤い
  招魂祭二句
 ぬかづいて忠魂碑ほがらか
 まひるのみあかしのもゑつゞける
    □
・秋ふかく、声が出なくなつた
 道がなくなり萩さいてゐる
 このみちついて水のわく
・またふるさとにかへりそばのはな
 そばのはな、こゝにおちつくほかはない
    □
 虫も夜中の火を燃やしてゐる
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 十月六日

夜が長くなつた、朝晩はなか/\寒い、空の高さ、星の美しさはどうだ、今朝などは、まつたく雲がなかつた。
今日も土いぢり、芽生えるものを味ふ。
油虫よ、殺したくはなかつたけれど。――
秋風を感じた(心よりも身に於て)。
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 ひとりごといふ声のつぶれた
・お寺の鐘も、よう出来た稲の穂
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 十月七日

任運自在、起きたい時に起き、食べたいだけ食べる。
さびしさには堪へうる私だけれど、うるささにはとても/\。
毎日待つてゐるのは、朝は郵便、昼は新聞、夕は樹明、そして夜は!
午前中、秋晴半里を逍遙した、彼岸花はすつかりすがれた、法師蝉もあまり鳴かなくなつた、たゞ柿が累々として赤くうれてゆく。
四辻におもしろい石地蔵尊が立つてゐられた(ダイカンヂゾウ!)。
樹明兄を往訪して、明日の山口行を取消さうと思つてるところへ来訪、残念だけれど、こんなに声が嗄れてゐてはとても行乞は出来ないから。――
いよ/\煙草の粉末までなくなつた、酒屋へは無論、湯屋へも行けない(それでもヤキモキしなくなつたゞけは感心)、それにしても胃袋よ、お前はたつしやでふとくなつたね!
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 墓がならびそうしてそばのはな
 大空たゞしく高圧線の列
 家がとぎれてだん/\ばたけそばばたけ
・刈田はれ/″\と案山子である
    □
・貧乏のどんぞこで百舌鳥がなく
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(これは私自身をうたうたのではない、けふ歩いてゐるうちに、ある貧家を見た時の実感である、しかし、それがその時の私を表現してゐないといふのではない、いや、私自身を表現してはゐようが、自己の直接表現ではない)
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    □
・明けてくる熟柿おちる
 茶の木が実をもつてゐる莟つけてゐる
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(『捨てきれないもの』ありやなしや、いへいへ)

 十月八日

けさも早かつた、朝が待遠かつた、もう火鉢が恋ひしい。
だいぶ長く乞食をしたので、ちよい/\乞食根性[#「乞食根性」に傍点]が出てきて困る、慎其独[#「慎其独」に傍点]、恥づかしい。
土を運ぶ、蚯蚓の家[#「蚯蚓の家」に傍点]を破壊した。
よいたより、うれしいたより、ありがたいたより。
街へ出かけた、いろ/\の買物、そしてとう/\またわや[#「わや」に傍点]になつた、Tさんの店で、Kさんの店で。
買物をさげてかへる、樹明兄が山口からの帰途を立寄つた、酒と魚とを持つて。
酔うて寝てゐた、樹明兄が敷いてくれた寝床のなかに! ぐつすり寝た。
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・隣も咳入つてゐる柿落葉
 ひとり住めば木の葉ちるばかり
 住みなれて茶の花さいた
・みほとけのかげわたしのかげの夜をまもる
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┌雨ふるふるさとは――┐
│灯かげ日かげ――  │
└  日かげ二句   ┘

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我昔所造諸惑[#「惑」に「マヽ」の注記]業
皆由無始貪瞋癡
従身口意之所生
一切我今皆懺悔

衆生無辺誓願度
煩悩無尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

自帰依仏 当願衆生 体解大道 発無上心
自帰依法 当願衆生 深入経蔵 智慧如海
自帰依僧 当願衆生 統理大衆 一切無礙
[#ここで字下げ終わり]

 十月九日

晴、昨日の今日だから身心がすぐれない、朝寝して残酒残肴を片付けてゐたら、六時のサイレンが鳴りだした。
即今の這是[#「即今の這是」に傍点
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