は長かつた、暗かつた、朝が待ち遠かつた、とう/\朝が来た、死にたくても死ねない人生だ、死ねないのに死にたい人生だ。

 十二月一日

更生一新の朔日でなければならない。
何ともかともいへない好日だ。
昨夜の今朝だから、だいぶ労れてはゐるけれど、身も心も軽い、冬に春がある、さういふ今日だ。
樹明君が朝早く来た、微醺を帯びてゐる、昨夜の残りをひつかけたのださうな、ソーセージがうますぎて少々あてられたといふ、談笑ちよつとで別れる。
釣瓶から蛙がとびだした、彼は文字通りの井底蛙だつたのだ、広い大地をぴよん/\とんでいつた、彼に幸あれ。
何よりも借金取が嫌だ、それほど嫌なら借金しなければよいのに――今日の借金取はFのおばさん、彼女は最初の来庵婦人といつてよからう。
大した借金はないが、また出来もしないが、借金だけはしないやうに努めませう(つまり懸[#「懸」に「マヽ」の注記]で飲まなければよいのです)。
今日も山を歩いた、私の別荘――山裾の草原日向――で読書したり冥想したりした、来庵者はこゝへ連れて来たいと思ふ(うまい水もわいてでる)。
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・けさはけさのほうれんさうのおしたし
・茶の木も庵らしくする花ざかり
・すくうてはのむ秋もをはりの水のいろ
・冬山をのぼれば遠火事のけむり
・あたゝかくあつまつてとんぼの幸福(とんぼの宿)
・赤さは日向の藪柑子
・とんぼにとんぼがひなたぼつこ
 ちろ/\おちてゆく冬めいた山の水
・ふめば露がせなかに陽があたる
    □
・お地蔵さまのお手のお花が小春日
    □
・めつきりお寒うなりました蕪を下さつた
 霜の落葉にいもりを汲みあげた
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夜、樹明君が酒とソーセージとを持つて来庵、酒もうまい、ソーセージもうまい。
更けて街まで送つてゆく(といふつもりで出かけたが、途中すぐ別れた)、そしてそこらをたゞ歩いて戻つた、歩けば心がなぐさむといふのか、さりとは御苦労千万。

 十二月二日

日々好日でもない、悪日でもない、今日は今日の今日で沢山だらう。
鉄筆を握つたり、肥柄杓を握つたり。

 十二月三日

第五十回誕生日[#「第五十回誕生日」に傍点]、形影共に悲しむ風情。
午後、樹明来庵、程なく敬坊幻の如く来庵、三人揃へば酒、酒、酒。
酒が足りなくて街へ。――
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