きやめない
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暮れてから(あまり暗いので、それは勘で歩いたのである)学校へ樹明君を訪ねる(彼は今晩宿直だから来るやうにといつてきたのである)、例によつて一杯よばれる、風呂にもよばれる、そして雑誌にもよばれたといつてよからう、ひきとめられるまゝに泊る、帰つたところで仕方もないから、もつとも帰つた時にお茶なりと飲むつもりで、炭をいけ床をのべてきたのだが。
読みつゝ寝た、昆虫の愛情についての記事が面白かつた、かういふ科学記事を読んでゐると、人間執着[#「人間執着」に傍点]がとれてくる、動物としての自己他己観照が出来るやうになる。

 十月廿二日

眼がさめて、あたりを見まはすと変だ、変な筈だ、学校の宿直室に樹明君と枕を並べて寝てゐたのである、そして頭痛がする、胃の工合もよろしくない、昨夜飲みすぎたためか、硝子戸を密閉してをいたためか、そのいづれのためでもあらう、朝食をよばれる、麦飯と味噌汁と沢庵漬、器物が殺風景だつたが、それでもおいしく頂戴した、新菊と本とを貰つて戻る、金木犀の香がうれしかつた。
戻つてすぐ掃除、読経、それから炊事。
今日は郵便が来ない、新菊のおひたしはおいしかつた。
昼寝の夢を鮮人の屑買が破つた(売るものなんかあるもんかい、買ひたいものばつかりだ)。
読書、読むうちに日が暮れて夜が更けた。
たしかに私は飲みすぎる、食べすぎる、そして饒舌りすぎる。
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窓いつぱいの日かげのてふてふ
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 十月廿三日

晴、朝月があつた、よかつた。
鶏の声、お寺の鐘の音、百舌鳥が啼く、虫も鳴いてゐる、朝の音楽もなか/\よろしい。
蝶が身のまはりをバタ/\とびまはつてゐたが、読んでゐる雑誌のページに卵を産みつけた、何といふ忙しさ、しかし無理もない、こんなに秋も深うなつたのだから。
午後、湯にはいつてくる、農学校の運動会でみんな行くやうだが、今の私には行くだけの興味が持てない、あたりの秋色を味はひつゝ戻つた、戻つてよかつた、樹明君が留守にあがりこんで寝ころんでゐる、彼はデリケートな部分をいためて、痛い/\と苦しんでゐる、それは罰といへば罰だが、私としては一刻も早く樹明君が健康と幸福との持主となることを願はずにはゐられない。
学校まで引きかへして、そしてまた樹明君がやつてきた、一人では気がまぎれないので、ぢつとし
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