草木塔
種田山頭火

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)捨炭《ボタ》山

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   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]
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若うして死をいそぎたまへる
母上の霊前に
本書を供へまつる
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   鉢の子


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大正十四年二月、いよいよ出家得度して、肥後の片田舎なる味取観音堂守となつたが、それはまことに山林独住の、しづかといへばしづかな、さびしいと思へばさびしい生活であつた。
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松はみな枝垂れて南無観世音

松風に明け暮れの鐘撞いて

ひさしぶりに掃く垣根の花が咲いてゐる

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大正十五年四月、解くすべもない惑ひを背負うて、行乞流転の旅に出た。
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分け入つても分け入つても青い山

しとどに濡れてこれは道しるべの石

炎天をいただいて乞ひ歩く

     放哉居士の作に和して

鴉啼いてわたしも一人

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生を明らめ死を明らむるは仏家一大事の因縁なり(修証義)
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生死の中の雪ふりしきる

木の葉散る歩きつめる

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昭和二年三年、或は山陽道、或は山陰道、或は四国九州をあてもなくさまよふ。
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踏みわける萩よすすきよ

この旅、果もない旅のつくつくぼうし

へうへうとして水を味ふ

落ちかかる月を観てゐるに一人

ひとりで蚊にくはれてゐる

投げだしてまだ陽のある脚

山の奥から繭負うて来た

笠にとんぼをとまらせてあるく

歩きつづける彼岸花咲きつづける

まつすぐな道でさみしい

だまつて今日の草鞋穿く

ほろほろ酔うて木の葉ふる

しぐるるや死なないでゐる

張りかへた障子のなかの一人

水に影ある旅人である

雪がふるふる雪見てをれば

しぐるるやしぐるる山へ歩み入る

食べるだけはいただいた雨となり

木の芽草の芽あるきつづける

生き残つたからだ掻いてゐる

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昭和四年も五年もまた歩きつづけるより外なかつた。あなたこなたと九州地方を流浪したことである。
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わかれきてつくつくぼうし

また見ることもない山が遠ざかる

こほろぎに鳴かれてばかり

れいろうとして水鳥はつるむ

百舌鳥啼いて身の捨てどころなし

どうしようもないわたしが歩いてゐる

涸れきつた川を渡る

ぶらさがつてゐる烏瓜は二つ

     大観峰

すすきのひかりさえぎるものなし

分け入れば水音

すべつてころんで山がひつそり

     昧々居

雨の山茶花の散るでもなく

しきりに落ちる大きい葉かな

けさもよい日の星一つ

すつかり枯れて豆となつてゐる

つかれた脚へとんぼとまつた

枯山飲むほどの水はありて

捨てきれない荷物のおもさまへうしろ

法衣こんなにやぶれて草の実

旅のかきおき書きかへておく

岩かげまさしく水が湧いてゐる

あの雲がおとした雨にぬれてゐる

ここに白髪を剃り落して去る

秋となつた雑草にすわる

こんなにうまい水があふれてゐる

年とれば故郷こひしいつくつくぼうし

岩が岩に薊咲かせてゐる

それでよろしい落葉を掃く

水音といつしよに里へ下りて来た

しみじみ食べる飯ばかりの飯である

まつたく雲がない笠をぬぎ

墓がならんでそこまで波がおしよせて

酔うてこほろぎと寝てゐたよ

     昧々居

また逢へた山茶花も咲いてゐる

雨だれの音も年とつた

見すぼらしい影とおもふに木の葉ふる

     緑平居 二句

逢ひたい、捨炭《ボタ》山が見えだした

枝をさしのべてゐる冬木

物乞ふ家もなくなり山には雲

あるひは乞ふことをやめ山を観てゐる

     述懐

笠も漏りだしたか

霜夜の寝床がどこかにあらう

     熊本にて

安か安か寒か寒か雪雪

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昭和六年、熊本に落ちつくべく努めたけれど、どうしても落ちつけなかつた。またもや旅から旅へ旅しつづけるばかりである。
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     自嘲

うしろすがたのしぐれてゆくか

鉄鉢の中へも霰

いつまで旅することの爪をきる

     呼子港

朝凪の島を二つおく

     大浦天主堂

冬雨の石階をのぼるサンタマリヤ

ほろりとぬけた歯ではある

寒い雲がいそぐ

ふるさとは遠くして木の芽

よい湯からよい月へ出た

はや芽吹く樹で啼いてゐる

笠へぽつとり椿だつた

しづかな道となりどくだみの芽

蕨がもう売られてゐる

朝からの騒音へ長い橋かかる

ここにおちつき草萌ゆる

いただいて足りて一人の箸をおく

しぐるる土をふみしめてゆく

秋風の石を拾ふ

今日の道のたんぽぽ咲いた


   其中一人


雨ふるふるさとははだしであるく

くりやまで月かげの一人で

かるかやへかるかやのゆれてゐる

うつりきてお彼岸花の花ざかり

朝焼雨ふる大根まかう

草の実の露の、おちつかうとする

ゆふ空から柚子の一つをもらふ

茶の花のちるばかりちらしておく

いつしか明けてゐる茶の花

冬が来てゐる木ぎれ竹ぎれ

月が昇つて何を待つでもなく

ひとりの火の燃えさかりゆくを

お正月の鴉かあかあ

落葉の、水仙の芽かよ

あれこれ食べるものはあつて風の一日

水音しんじつおちつきました

茶の木も庵らしくひらいてはちり

誰か来さうな空が曇つてゐる枇杷の花

落葉ふる奥ふかく御仏を観る

雪空の最後の一つをもぐ

其中雪ふる一人として火を焚く

ぬくい日の、まだ食べるものはある

月かげのまんなかをもどる

雪へ雪ふるしづけさにをる

雪ふる一人一人ゆく

落葉あたたかうして藪柑子

茶の木にかこまれそこはかとないくらし

     或る友に

月夜、手土産は米だつたか

あるけば蕗のとう

椿ひらいて墓がある

ひつそりかんとしてぺんぺん草の花ざかり

いちりん※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]の椿いちりん

音は朝から木の実をたべに来た鳥か

ぬいてもぬいても草の執着をぬく

もう暮れる火の燃え立つなり

人が来たよな枇杷の葉のおちるだけ

けふは蕗をつみ蕗をたべ

何とかしたい草の葉のそよげども

すずめをどるやたんぽぽちるや

もう明けさうな窓あけて青葉

ながい毛がしらが

こころすなほに御飯がふいた

てふてふうらからおもてへひらひら

やつぱり一人がよろしい雑草

けふもいちにち誰も来なかつたほうたる

すツぱだかへとんぼとまらうとするか

かさりこそり音させて鳴かぬ虫が来た


   行乞途上


松風すずしく人も食べ馬も食べ

けふもいちにち風をあるいてきた

何が何やらみんな咲いてゐる

あるけばきんぽうげすわればきんぽうげ

あざみあざやかなあさのあめあがり

うつむいて石ころばかり

若葉のしづくで笠のしづくで

ほうたるこいこいふるさとにきた

お寺の竹の子竹になつた

松かぜ松かげ寝ころんで

明けてくる鎌をとぐ

ひとりきいてゐてきつつき

かたむいた月のふくろうとして

     川棚温泉

花いばら、ここの土とならうよ

待つてゐるさくらんぼ熟れてゐる

山ふところのはだかとなり

山路はや萩を咲かせてゐる

ここにふたたび花いばら散つてゐる

朝の土から拾ふ

石をまつり水のわくところ

いそいでもどるかなかなかなかな

山のいちにち蟻もあるいてゐる

雲がいそいでよい月にする

朝は涼しい茗荷の子

いつも一人で赤とんぼ

旅の法衣がかわくまで雑草の風

     川棚を去る

けふはおわかれの糸瓜がぶらり

ぬれるだけぬれてきたきんぽうげ

うごいてみのむしだつたよ

いちじくの葉かげあるおべんたうを持つてゐる

水をへだててをなごやの灯がまたたきだした

かすんでかさなつて山がふるさと

春風の鉢の子一つ

わがままきままな旅の雨にはぬれてゆく

     帰庵

ひさびさもどれば筍によきによき

びつしより濡れて代掻く馬は叱られてばかり

はれたりふつたり青田になつた

草しげるそこは死人を焼くところ

朝露しつとり行きたい方へ行く

ほととぎすあすはあの山こえて行かう

笠をぬぎしみじみとぬれ


  家を持たない秋がふかうなるばかり
 行乞流転のはかなさであり独善孤調のわびしさである。私はあてもなく果もなくさまよひあるいてゐたが、人つひに孤ならず、欲しがつてゐた寝床はめぐまれた。
 昭和七年九月二十日、私は故郷のほとりに私の其中庵[#「私の其中庵」に傍点]を見つけて、そこに移り住むことが出来たのである。
  曼珠沙華咲いてここがわたしの寝るところ

 私は酒が好きであり水もまた好きである。昨日までは酒が水よりも好きであつた。今日は酒が好きな程度に於て水も好きである。明日は水が酒よりも好きになるかも知れない。
「鉢の子」には酒のやうな句(その醇不醇は別として)が多かつた。「其中一人」と「行乞途上」には酒のやうな句、水のやうな句がチヤンポンになつてゐる。これからは水のやうな句が多いやうにと念じてゐる。淡如水――それが私の境涯でなければならないから。
[#地から1字上げ](昭和八年十月十五日、其中庵にて 山頭火)


   山行水行


[#ここから4字下げ]
山あれば山を観る
雨の日は雨を聴く
春夏秋冬
あしたもよろし
ゆふべもよろし
[#ここで字下げ終わり]


炎天かくすところなく水のながれくる

日ざかりのお地蔵さまの顔がにこにこ

待つでも待たぬでもない雑草の月あかり

風の枯木をひろうてはあるく

向日葵や日ざかりの機械休ませてある

蚊帳へまともな月かげも誰か来さうな

糸瓜ぶらりと地べたへとどいた

夕立が洗つていつた茄子をもぐ

こほろぎよあすの米だけはある

まことお彼岸入の彼岸花

手がとどくいちじくのうれざま

おもひでは汐みちてくるふるさとのわたし場

しようしようとふる水をくむ

一つもいで御飯にしよう

ふと子のことを百舌鳥が啼く

山のあなたへお日さま見おくり御飯にする

昼もしづかな蠅が蠅たたきを知つてゐる

酔へなくなつたみじめさはこほろぎがなく

はだかではだかの子にたたかれてゐる

ほんによかつた夕立の水音がそこここ

やつと郵便が来てそれから熟柿のおちるだけ

散るは柿の葉咲くは茶の花ざかり

うれてはおちる実をひろふ

人を見送りひとりでかへるぬかるみ

月夜、あるだけの米をとぐ

空のふかさは落葉しづんでゐる水

石があれば草があれば枯れてゐる

お月さまが地蔵さまにお寒くなりました

水音のたえずしていばらの実

うしろから月のかげする水をわたる

しぐるる土に播いてゆく

     或る若い友

落葉を踏んで来て恋人に逢つたなどといふ

ぽきりと折れて竹が竹のなか

月がうらへまはれば藪かげ

とぼしいくらしの屋根の雪とけてしたたる

ほいないわかれの暮れやすい月が十日ごろ

街は師走の八百屋の玉葱芽をふいた

ことしもこんやぎりのみぞれとなつた

なんといふ空がなごやかな柚子の二つ三つ

ここにかうしてわたしをおいてゐる冬夜

焚くだけの枯木はひろへた山が晴れてゐる

病めば鶲がそこらまで

よびかけられてふりかへつたが落葉林

雪へ足跡もがつちりとゆく

酒をたべてゐる山は枯れてゐる

しんみり雪ふる小鳥の愛情

遠山の雪も別れてしまつた人も

雪のあかるさが家いつぱいのしづけさ

藪柑子もさびしがりやの実がぽつちり

枯れてしまうて萩もすすきも濡れてゐる

椿のおちる水のながれる

寝ざめ雪ふる、さ
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