い土を踏みしめて征く

しぐれて雲のちぎれゆく支那をおもふ

     戦死者の家

ひつそりとして八ツ手花咲く

     遺骨を迎ふ

しぐれつつしづかにも六百五十柱

もくもくとしてしぐるる白い函をまへに

山裾あたたかなここにうづめます

凩の日の丸二つ二人も出してゐる

冬ぼたんほつと勇ましいたよりがあつた

雪へ雪ふる戦ひはこれからだといふ

勝たねばならない大地いつせいに芽吹かうとする

     遺骨を迎へて

いさましくもかなしくも白い函

街はおまつりお骨となつて帰られたか

     遺骨を抱いて帰郷する父親

ぽろぽろしたたる汗がましろな函に

お骨声なく水のうへをゆく

その一片はふるさとの土となる秋

みんな出て征く山の青さのいよいよ青く

馬も召されておぢいさんおばあさん

     ほまれの家

音は並んで日の丸はたたく

     歓送

これが最後の日本の御飯を食べてゐる、汗

ぢつと瞳が瞳に喰ひ入る瞳

案山子もがつちり日の丸ふつてゐる

     戦傷兵士

足は手は支那に残してふたたび日本に


   孤寒


だまつてあそぶ鳥の一羽が花のなか

春風の蓑虫ひよいとのぞいた

ひよいとのぞいて蓑虫は鳴かない

もらうてもどるあたたかな水のこぼるるを

とんからとんから何織るうららか

ひなたはたのしく啼く鳥も蹄かぬ鳥も

身のまはりはほしいままなる草の咲く

草の青さよはだしでもどる

草は咲くがままのてふてふ

藪から鍋へ筍いつぽん

ならんで竹の子竹になりつつ

窓にしたしく竹の子竹になる明け暮れ

風の中おのれを責めつつ歩く

われをしみじみ風が出て来て考へさせる

雷をまぢかに覚めてかしこまる

がちやがちやがちやがちや鳴くよりほかない

誰を待つとてゆふべは萩のしきりにこぼれ

声はまさしく月夜はたらく人人だ

雨ふればふるほどに石蕗の花

播きをへるとよい雨になる山のいろ

そこはかとなくそこら木の葉のちるやうに

ゆふべなごやかな親蜘蛛子蜘蛛

しんじつおちつけない草のかれがれ

しぐるるやあるだけの御飯よう炊けた

焼場水たまり雲をうつして寒く

     死線 四句

死はひややかな空とほく雲のゆく

死をひしと唐辛まつかな

死のしづけさは晴れて葉のない木

そこに月を死のまへにおく

いつとなく机に塵が冬めく

草の実が袖にも裾にもあたたかな

枯すすき枯れつくしたる雪のふりつもる

水に放つや寒鮒みんな泳いでゐる

一つあると蕗のとう二つ三つ

蕗のとうことしもここに蕗のとう

わかれてからのまいにち雪ふる

     母の四十七回忌

うどん供へて、母よ、わたくしもいただきまする

其中一人いつも一人の草萌ゆる

枯枝ぽきぽきおもふことなく

つるりとむげて葱の白さよ

鶲また一羽となればしきり啼く

なんとなくあるいて墓と墓との間

おのれにこもる藪椿咲いては落ち

春が来たいちはやく虫がやつて来た

啼いて二三羽春の鴉で

咳がやまない背中をたたく手がない

窓あけて窓いつぱいの春

しづけさ、竹の子みんな竹になつた

ひとり住めばあをあをとして草

朝焼夕焼食べるものがない

     自嘲

初孫がうまれたさうな風鈴の鳴る

雨を受けて桶いつぱいの美しい水

飛んでいつぴき赤蛙

げんのしようこのおのれひそかな花と咲く

また一日がをはるとしてすこし夕焼けて

     更に改作(昭和十五年二月)

草にすわり飯ばかりの飯をしみじみ

     行乞途上(改作追加)

草にすわり飯ばかりの飯


   旅心


葦の穂風の行きたい方へ行く

身にちかく水のながれくる

どこからともなく雲が出て来て秋の雲

飯のうまさが青い青い空

ごろりと草に、ふんどしかわいた

をなごやは夜がまだ明けない葉柳並木

秋風、行きたい方へ行けるところまで

ビルとビルとのすきまから見えて山の青さよ

朝の雨の石をしめすほど

     行旅病死者

霜しろくころりと死んでゐる

     老ルンペンと共に

草をしいておべんたう分けて食べて右左

朝のひかりへ蒔いておいて旅立つ

ちよいと渡してもらふ早春のさざなみ

なんとうまさうなものばかりがシヨウヰンドウ

     宇平居

石に水を、春の夜にする

     福沢先生旧邸

その土蔵はそのままに青木の実

ひつそり蕗のとうここで休まう

人に逢はなくなりてより山のてふてふ

ふつとふるさとのことが山椒の芽

どこでも死ねるからだで春風

たたへて春の水としあふれる

水をへだててをとことをなごと話が尽きない

旅人わたしもしばしいつしよに貝掘らう

うらうら蝶は死んでゐる

さくらまんかいにして刑務所

   
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