冬めく

草の実が袖にも裾にもあたたかな

枯すすき枯れつくしたる雪のふりつもる

水に放つや寒鮒みんな泳いでゐる

一つあると蕗のとう二つ三つ

蕗のとうことしもここに蕗のとう

わかれてからのまいにち雪ふる

     母の四十七回忌

うどん供へて、母よ、わたくしもいただきまする

其中一人いつも一人の草萌ゆる

枯枝ぽきぽきおもふことなく

つるりとむげて葱の白さよ

鶲また一羽となればしきり啼く

なんとなくあるいて墓と墓との間

おのれにこもる藪椿咲いては落ち

春が来たいちはやく虫がやつて来た

啼いて二三羽春の鴉で

咳がやまない背中をたたく手がない

窓あけて窓いつぱいの春

しづけさ、竹の子みんな竹になつた

ひとり住めばあをあをとして草

朝焼夕焼食べるものがない

     自嘲

初孫がうまれたさうな風鈴の鳴る

雨を受けて桶いつぱいの美しい水

飛んでいつぴき赤蛙

げんのしようこのおのれひそかな花と咲く

また一日がをはるとしてすこし夕焼けて

     更に改作(昭和十五年二月)

草にすわり飯ばかりの飯をしみじみ

     行乞途上(改作追加)

草にすわり飯ばかりの飯


   旅心


葦の穂風の行きたい方へ行く

身にちかく水のながれくる

どこからともなく雲が出て来て秋の雲

飯のうまさが青い青い空

ごろりと草に、ふんどしかわいた

をなごやは夜がまだ明けない葉柳並木

秋風、行きたい方へ行けるところまで

ビルとビルとのすきまから見えて山の青さよ

朝の雨の石をしめすほど

     行旅病死者

霜しろくころりと死んでゐる

     老ルンペンと共に

草をしいておべんたう分けて食べて右左

朝のひかりへ蒔いておいて旅立つ

ちよいと渡してもらふ早春のさざなみ

なんとうまさうなものばかりがシヨウヰンドウ

     宇平居

石に水を、春の夜にする

     福沢先生旧邸

その土蔵はそのままに青木の実

ひつそり蕗のとうここで休まう

人に逢はなくなりてより山のてふてふ

ふつとふるさとのことが山椒の芽

どこでも死ねるからだで春風

たたへて春の水としあふれる

水をへだててをとことをなごと話が尽きない

旅人わたしもしばしいつしよに貝掘らう

うらうら蝶は死んでゐる

さくらまんかいにして刑務所

   
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