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(室戸)
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わだつみをまへにわがおべんたうまづしけれども
あらなみの石蕗の花ざかり
松はかたむいてあら波のくだけるまゝ
蔦がからまりもみづりて電信棒
われいまここに海の青さのかぎりなし
秋ふかく分け入るほどはあざみの花
墓二つ三つ大樟のかげ
落葉あたたかく噛みしめる御飯のひかり
いちにち物いはず波音
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野宿さま/″\
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こんやはひとり波音につつまれて
食べて寝て月がさしいる岩穴
枯草ぬくう寝るとする蠅もきてゐる
月夜あかるい舟があつてそのなかで寝る
泊るところがないどかりと暮れた
すすき原まつぱだかになつて虱をとる
かうまでよりすがる蠅をうたうとするか
水あり飲めばおいしく洗ふによろしく
波音そのかみの悲劇のあと
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太平洋に面して
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ぼうぼううちよせてわれをうつ
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現実直前の力[#「現実直前の力」に傍点]。
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大地を踏みしめ踏みしめて歩け!
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 十一月六日 曇、時雨、晴、行程六里、室戸町、原屋。

朝すこしばかりしぐれた、七時出立、行乞二時間、銭四銭米四合あまり功徳を戴いた、行乞相[#「行乞相」に傍点]は悪くなかったと思う、海ぞいに室戸岬へいそぐ、途上、奇岩怪石がしばしば足をとどめさせる、椎名隧道[#「椎名隧道」に傍点]は額画のようであった、そこで飯行李を開く、私もまた額画の一部分となった訳である。
室戸岬の突端に立ったのは三時頃であったろう、室戸岬は真に大観である、限りなき大空、果しなき大洋、雑木山、大小の岩石、なんぼ眺めても飽かない、眺めれば眺めるほどその大きさが解ってくる、……ここにも大師の行水池、苦行窟などがある、草刈婆さんがわざわざ亀の池まで連れて行ってくれたが亀はあらわれなかった、婆さん御苦労さま有難う。
山の上に第二十四番の札所東寺[#「東寺」に傍点]がある、堂塔はさほどでないが景勝第一を占めている、そこで、私は思いがけなく小犬に咬みつかれた、何でもないことだが寺の人々は心配したらしい、私はさっさと山を下った、私としてこれを機縁として、更に強く更に深く自己を反省しなければならない。
麓の津呂で泊るつもりだったけれど泊れなかった(断られたり、留守だったりして)、とうとう室戸の本町まで歩いて、やっと最後の宿のおかみさんに無理に泊めて貰った、もうとっぷり暮れていたのである。
片隅で無燈[#「片隅で無燈」に傍点]、一杯機嫌で早寝した(風呂があってよかった)。
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(十一月六日)“室戸岬”へ
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波音しぐれて晴れた
あらうみとどろ稲は枯れてゐる
かくれたりあらはれたり岩と波と岩とのあそび
海鳴そぞろ別れて遠い人をおもふ
ゆふべは寒い猫の子鳴いて戻つた
あら海せまる蘭竹のみだれやう
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東寺
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うちぬけて秋ふかい山の波音
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土佐海岸
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松の木松の木としぐれてくる
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 十一月七日 秋晴、行程四里、羽根泊(小松屋)。

早起、津寺[#「津寺」に傍点]拝登、行乞三時間、十時ごろからそろそろ西へ歩く――(銭十六銭米八合)。
途中、西寺[#「西寺」に傍点]遥拝(すみません)、不動岩[#「不動岩」に傍点]の裏で、太平洋を眺めながら、すこし早いが、お弁当を食べる、容樹《アコウ》[#底本は「容」の左に「ママ」と注記]の葉を数枚摘む。
松原がつづく、海も空も日本晴、秋――日本の秋[#「日本の秋」に傍点]、道そいの畑には豌豆がだいぶ伸びている、浜おもとがよく茂っている、南国らしい、今日は数人のおへんろさんと行き逢ったが、紅白粉をつけた尼さんは珍らしかった、何だか道化役者めいていた、このあたりには薄化粧した女はめったに見あたらないのに。
喜良川の松原で、行きずりの老遍路夫婦と暫らく話した、何となしに考えさせられる事実である、三里あまり歩いて来て、羽根[#「羽根」に傍点]、その街はずれの宿――屋号が書き出してない――家に泊った、木賃宿としては新らしい造作で、待遇も悪くない、部屋も井戸端も風呂も、そして便所も広々として明るくて、うれしかった、なかなかよい宿であった。
今日は三時前の早泊り、先夜昨夜に懲りたから。
清流まで出かけて、肌着や腰巻を洗濯する、顔も手も足も洗い清めた、いわば旅の禊[#「旅の禊」に傍点]である、こらえきれなくて一杯ひっかける、高いと思うたけれど、漬物を貰い新聞(幾日ぶりか!)を読ましてくれたから、やっぱり高くはなかった、明日は明日の風が吹こう[#「明日は明日の風が吹こう」に傍点]、今
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