四国遍路日記
種田山頭火

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)虱《ムシ》の

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)大|魚籠《ビク》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)十郎兵衛の遺跡[#「十郎兵衛の遺跡」に傍点]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)いろ/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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 十一月一日 晴、行程七里、もみぢ屋という宿に泊る。

――有明月のうつくしさ。
今朝はいよいよ出発、更始一新、転一歩のたしかな一歩を踏み出さなければならない。
七時出立、徳島へ向う(先夜の苦しさを考え味わいつつ)。
このあたりは水郷である、吉野川の支流がゆるやかに流れ、蘆荻が見わたすかぎり風に靡いている、水に沿うて水を眺めながら歩いて行く。
宮島という部落へまいって十郎兵衛の遺跡[#「十郎兵衛の遺跡」に傍点]を見た、道筋を訊ねたら嘘を教えてくれた人がある、悪意からではなかろうけれど、旅人に同情がなさすぎる。
発動汽船で別宮川[#「別宮川」に傍点]を渡して貰う、大河らしく濁流滔々として流れている(渡船賃は市営なので無料)。
徳島は通りぬける、ずいぶん急いだけれど道程はなかなか捗らない、日が落ちてから、籏島[#「籏島」に傍点](義経上陸地といわれる)のほとりの宿に泊った。八十歳近い老爺一人で営業しているらしいが、この老爺なかなか曲者らしい、嫌な人間である、調度も賄も悪くて、私をして旅のわびしさせつなさを感ぜしめるに十分であった!(皮肉的に表現すれば草紅葉[#「草紅葉」に傍点]のよさの一端もない宿だった!)
今日は興亜奉公日、第二回目、恥ずかしいことだが、私はちょっぴりアルコールを摂取して旅情をまぎらした。
同宿四人、修業[#「業」に「ママ」の注記]遍路二人、巡礼母子二人、何だかごみごみごてごてして寝覚勝な夜であった。
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(十一月一日)
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旅空ほつかりと朝月がある
夜をこめておちつけない葦の葉ずれの
ちかづく山の、とほざかる山の雑木紅葉の
落葉吹きまくる風のよろよろあるく
秋の山山ひきずる地下足袋のやぶれ
お山のぼりくだり何かおとしたやうな
[#ここで字下げ終わり]

 十一月二日 快晴、行程八里、星越山麓、あさひや。

早起早立、まっしぐらにいそぐ、第十八番恩山寺遥拝、第十九番立江寺拝登。
野良で野良働きの人々がお弁当を食べている、私も食べる、わがままをつつしむべし[#「わがままをつつしむべし」に傍点]。
飴玉をしゃぶりつついくつかの村を過ぎる、福井(鉄道の終点)というところで、一杯ひっかける、つかれがうすらいだ、山路になる、雑木山の今日この頃は美しい、鉦打で泊ろうと思ったけれど泊めてくれない、また歩きつづけて峠の下で泊めて貰う、まったくの山村だが、電話もあればラジオもある、宿は可もなし不可もなしだった、相客は老同行、話し合っているうちに同県人だったので、何となくなつかしかった、好感の持てるおじいさんだった。
今夜も風呂なし(昨夜も)、水で身体を拭いたが肌寒を感じた。

 十一月三日 晴、行程八里、牟岐、長尾屋。

老同行と同道して、いつもより早く出発した。
峠三里、平地みたいになだらかだったけれど、ずいぶん長い坂であった、話相手があるので退屈しなかった、老同行とは日和佐町の入口で別れた(おじいさん、どうぞお大切に)。
第二十三番薬王寺拝登、仏殿庫裡もがっちりしている、円山らしい、その山上からの眺望がよろしい、相生の樟の下で休憩した、日和佐という港街はよさそうな場所である。
途中、どこかで手拭をおとして、そしてそのために一句ひろった、ふかしいもを買って食べ食べ歩いた、飯ばかりの飯も食べた、自分で自分の胃袋のでかい[#「でかい」に傍点]のに呆れる。
途中、すこし行乞、いそいだけれど牟岐へ辿り着いたのは夕方だった。よい宿が見つかってうれしかった、おじいさんは好々爺、おばあさんはしんせつでこまめで、好きな人柄で、夜具も賄もよかった、部屋は古びてむさくるしかったが、風呂に入れて貰ったのもうれしかった、三日ぶりのつかれを流すことが出来た。
御飯前、一杯ひっかけずにはいられないので、数町も遠い酒店まで出かけた、酒好き酒飲みの心裡は酒好き酒飲みでないと、とうてい解るまい、おそくなって、おばあさんへんろが二人ころげこんできた、あまりしゃべるので、同宿の不動老人がぶつくさいっていた。
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(十一月三日)
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山家ひそかにもひたき
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明治節
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山の学校けふはよき日の旗をあげ
もみづる山の家あれば旗日の旗
よい連れがあつ
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