―高知では甲斐なくも滞在しすぎた、さよなら、若い易者さんよ、老同行よ、さよなら高知よ。
途中処々行乞、伊野町へ十一時着いて一時まで行乞(道中いそいだので老同行を追いぬいたのは恥ずかしかった、すまなかったと思う)、銭三十四銭米六合戴いた、仁淀川橋、土佐紙などが印象された。
とっぷり暮れて越智町に入ったが、どの宿屋でも断られ、一杯元気で製材所の倉庫にもぐりこんで寝る、犬に嗅ぎ出されて困った、ろくろく睡れなかった、鼠に米袋をかじられた、――絶食野宿[#「絶食野宿」に傍点]はつらいものである。

 十一月十七日 曇――時雨、行程四里、川口在善根宿[#「川口在善根宿」に傍点]。

おもわず寝すごして、のこのこ出かけるところを家人に見つけられたらしいが、何ともいわれなかった、お世話になりました。
七時から十時まで越智町行乞、しぐれだしたがしぐれるままに行乞しつづけた(薯、餅、菓子、柿、密[#「密」に「ママ」の注記]柑、――そのまま食べられるものが今朝はうれしかった、何しろ腹が空っては読経が出来ない!)、それから行けるところまで行く心がまえ[#「行けるところまで行く心がまえ」に傍点]で。――
午後は晴れた、風景よろし(寺村橋より殊に)、しみじみ山と水とを観た。
川口行乞、伊野――越智――とつづいて行乞成績がよい、遍路街道でなく、そしてまた遍路も稀で、人情も信仰もあついものがある、今日の功徳は銭五十八銭米一升四合。
野宿覚悟で川口の街はずれをいそいでいると川土手の下から呼びとめられた、遍路さんお米を売ってくれないかとおかみさんがいうのである、そこへ下りて行くと家といえば家のような小屋が二軒ある、一升買ってくれた、しかも四十二銭で、――竹籠を編んでいた主人公が、よかったら泊って行きなさい野宿よりましだろう、という、渡りに船で泊めて貰う、板張、筵敷、さんたんたる住居である、そして夫婦のあたたかい心はどうだ!(茶碗も数が足らなく蒲団も掛一枚きりだった)子供六人! 猫三匹、鶏数羽、老人、牛。……
私はなけなしの財布から老人と主人とに酒を、妻君と子供に菓子を買ってあげて、まずしい、しかもおいしい夕飯をみんないっしょにいただいたことである。
労れて、酔うて、ぐっすり寝た、瀬音も耳につかなかった。

 十一月十八日 好晴、往復四里、おなじく。

山のよろしさ、水のよろしさ、人のよろしさ、主人に教えられて、二里ちかく奥にある池川町へ出かけて行乞、九時から十二時まで、いろいろの点で、よい町であった(行きちがう小学生がお辞儀する)。
行乞成績は銭七十九銭、米一升三合、もったいなかった(留守は多かったけれど、お通りは殆んどなかった、奥の町はよいかな)。
渓谷美[#「渓谷美」に傍点]、私の好きな山も水も存分に味った、野糞山糞[#「野糞山糞」に傍点]、何と景色のよいこと! 三時には帰って来て、川で身心を清め、そして一杯すすった。
明けおそく暮れ早い山峡の第二夜が来た、今夜は瀬音が耳について、いつまでも睡れなかった。
宵月、そして星空、うつくしかった。
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“谿谷美”
“善根宿”
“野宿”
行乞しつつ、無言ではあるが私のよびかける言葉の一節、或る日或る家で――
“おかみさんよ、足を洗うよりも心を洗いなさい、石敷を拭くよりも心を拭きなさい”
“顔をうつくしくするよりもまず心をうつくしくしなさい”
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(十一月十六日)(十一月十七日)(十一月十八日)
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あなたの好きな山茶花の散つては咲く(或る友に)
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野宿
[#ここから3字下げ]
わが手わが足われにあたたかく寝る
夜の長さ夜どほし犬にほえられて
寝ても覚めても夜が長い瀬の音

橋があると家がある崖の蔦紅葉
山のするどさそこに昼月をおく
びつしり唐黍ほしならべゆたかなかまへ
岩ばしる水がたたへて青さ禊する
山のしづけさはわが息くさく
[#ここで字下げ終わり]

 十一月十九日 秋晴、行程七里。

落出[#「落出」に傍点]の街はずれ大野大師堂でお通夜、ゆっくりして八時出立、それではどなたもごきげんよう、たいへんお世話になりました。……
昨日の道よりも今日の道、山と水とがますますうつくしくなる、引地橋ほとりの眺望もよい、猿橋のほとりも(その街を十時から十一時まで行乞)、仁淀渓谷[#「仁淀渓谷」に傍点]。
秋の日は傾いたが、舟戸で泊れない、県界――両国橋――を越えていそぐ、西の谷でも泊れない、落出に来たが泊れない(宿屋という宿屋ではみな断られた、遍路はいっさい泊めないらしい)、詮方なしに一杯かたむける、その店の人に教えられて、街はずれの丘の上にある大師堂でお通夜した、戸があり茣蓙があって、なかなかよかった、お弁当の残りを食べ、飴玉をしゃぶりつつ、い
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