だ、どこからか三味の音がする、わしが国さを弾いてゐる、虫の声、犬の声もさわがしくないほどに。
同宿同室は鮮人、彼も失職者、よく話すけれど嫌味がない、どこでも働らきたい、金を貯めて家庭を持ちたいといふ、彼によき妻あれと祈つた。
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今晩の御馳走(きうりなます、にざかな、いも)
昼飯はぬき
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・まことお彼岸入の彼岸花
・よべのよい雨のなごりが笹の葉に
・道がわかれて誰かきさうなもので山あざみ
・レールにはさまれて菜畑もあるくらし(踏切小屋)
・山ふかく谺するは岩をくだいてゐる音
 蛙とびだしてきてルンペンに踏み殺された
・仕事は見つからない眼に蜘蛛のいとなみ
・あれが草雲雀でいつまでもねむれない
・旅のからだをぽり/\掻いて音がある
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 九月廿二日[#「九月廿二日」に二重傍線]

晴、秋暑し。
午前中は西条町行乞、午後はゆつくりと歩みつゞける。
予定が狂つて、本郷までは無理だから、途中安宿がないから、すこし左折して新庄といふ田舎の宿に泊る。
宿もわるくないが、山はだんぜんよい。
上の下で屋号本岡屋、三十銭。
空高雲多少[#「空高雲多少」に傍点]――といふ語句が行乞途上でひよいと浮んだ、昨今の私の心境そのまゝである。
何でもない山村風景、その何でもないところに何ともいへないよさ[#「よさ」に傍点]がある、かういふよさ[#「よさ」に傍点]がほんたうのよさ[#「よさ」に傍点]だらう。
或るおかみさんと道連れになつて、彼女がいかに夫思ひで、そして子煩悩であるかを見せつけられた、彼女に幸あれ。
里程を訊ねてもよく知らない人が多い、しんせつにせいかくに、教へてくれる人はなか/\すくない(安宿のおかみさんは、おばあさんでもさすがによく知つてゐるが)、今日訊ねたら、その一人はよく教へて下さつた、彼は中年の不具者[#「中年の不具者」に傍点]だつた。
川原へ出かけて、からだを洗ひふんどしを洗つた。
宿の病弱なおかみさんが月おくれ雑誌を貸してくれた、その厚意はありがたい、去年の夏の富士!
宿の便所はきれいだつたが(安宿の便所は殆んど例外なしにきたない)私の夢はいやにきたなかつた。
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・はぎがすゝきがけふのみち
・ゆつくりあゆめば山から山のかげとなつたりひなたとなつたり
・水が米をついてくれるつく/\ぼう
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