る朝の山
・ぐつすりと寝た朝の山が秋の山々
 秋の山へまつしぐらな自動車で
   改作追加
 あるくほどに山ははや萩もおしまい
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 九月二十日[#「九月二十日」に二重傍線]

曇、まだ降るだらう、彼岸入、よい雨の瀬《セ》音。
歩いてゐるうちに、はたして降りだした、しようことなしに八本松は雨中行乞、どうやらかうやら野宿しないですみさうだ。
濡れて歩く、一歩一歩、両側の山が迫る、谷川の音がうれしい。
すゝき、はぎ、そしてききようやあざみや、名も知らぬ秋花。
山家に高くかゝげてある出征の日の丸、ぶらりと糸瓜。
「良い犬の子あげ升」といふ紙札。
萩は捨てがたい趣を持つてゐるが、活ける花でも植ゑる花でもない、生えて伸びてこぼれるべき花であることを知つた。
ありがたかつたのは、山路で後になり先になつてゐたおぢいさんがあまりゆたかでもなさゝうな財布から一銭喜捨して下さつたことだつた、この一銭は長者の千万金よりもありがたい。
八本松から西条までルンペン君と道連れになつた、彼はコツクで満洲から東京まで帰るのだといふ、満洲へいつたときは汽車辨当がまづくて食へなかつたのに、失敗し失職して帰るときは一椀五銭の朝鮮飯にもありつけなかつたといふ、すこし奔走[#「奔走」に傍点]して来ませうといつて、そこらの民家から握飯を貰つて、むしやむしや食べる、――おもしろい、それ以上の何物でもない。
昨夜は海田市町はづれの神社で五人のルンペンと一夜を明かしたさうな、ルンペンが職業化しない限り、いひかへれば、生活の手段としてルンペンをやら限[#「ら限」に「マヽ」の注記]り、人間は一度ルンペンになるがよろしい、ルンペンの味は人間味の一つ[#「ルンペンの味は人間味の一つ」に傍点]だから。
二時近くなつて西条着。感じのわるくない町だ、金本屋といふ安宿へ泊る、木賃三十銭、上の下といふところ、主人は少し調子はづれと見たは僻目か。
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今日の行程四里、所得は十弐銭と五合。
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関西第一の酒造地に泊つて、酒が飲めないとは『宝の山に入りながら……』の嘆なきにしもあらずだつた(財布には五厘銅貨が六銭あるだけ)。
今夜も風呂がない、初めて蚊帳をつらないで寝た。
雨はまだ二日も降り続けないのにもう雨を嫌つてる声が聞える、あれだけ待ち望んでゐた雨だのに!
しづかな宿
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