へて、日和山公園へ登つて下つて、地橙孫居を訪ねた。
会談一時間ばかり、そこを出てから(結城孫三郎のあやつり人形見物はやめにして)やたらに歩きまはつた、ネオンサインのうつくしさ、デパートのさわがしさ、飲んだり食べたりのいそがしさ。
十時頃、駅附近で西と東とに別れた、黎々火さんはあたゝかい家庭へ、私はうるさい安宿の二階へ。
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   黎々火居
 琴がならべてある涼しい風
・手入とゞいた松をはなれない月のあかるさ
・月が風が何もない空
・腹いつぱいの月が出てゐる
 月から風が、籐椅子の酔心地
・感じやすくて風の蘭竹のおちつかない旅
   関門海峡
・灯に灯が、海峡の月冴えてくる
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 九月三日[#「九月三日」に二重傍線]

明けても酔がさめない、湯にとびこむ、一杯ぐつとひつかける、そしてやつぱりこゝからひきかへすことにきめた、何となく身心が不調で気がすゝまない、海峡を渡るだけの元気が出てこない。
歩けるだけ歩くつもりで歩く、赤間宮参拝、しみ/″\としたものがあつた、句は一句もできなかつたが、しかしそれで十分だ。
だん/\と時化てきた、風が強く雨がふりだした、びつしより濡れたけれど、関門風景がよろしい。
長府を通りすぎて、王司村を一時間ばかり行乞した、帰庵しても、米がない石油がない醤油がないから。
小月は競馬で人出が多い、三時の汽車に乗る、嘉川着四時二十分(小郡下車だと六銭多くかゝる、私の倹約も必要からだが、ホンモノである)。
途中、刈萱を摘んで帰庵したのは五時近かつた。
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・しらなみ、ゆうゆうと汽船《ふね》がとほる
 波音の霽れてくるつく/\ぼうし
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 九月三日[#「九月三日」に二重傍線]

六時まへに帰庵、さつそく水をくみ、火を焚き夕餉の支度をする。
トマトがすきて[#「きて」に「マヽ」の注記]によくうれてゐた、すぐもいでたべる、うまい/\。
かるかやを活ける、よいかなかるかや。
虫がなく、うちの虫[#「うちの虫」に傍点]がなく。
風も何のその、手足をのび/\と伸ばしてぐつすり寝た。
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   とりとめもない言葉
死は生の解決ではないけれど、それが休息であることは疑へない。
生に清算はありえない、清算がありえないほど、かぎりなく伸びてゆくのが生である。
生の決算! それは死だ。
生の破算! それも死だ。
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 九月四日[#「九月四日」に二重傍線]

朝焼、曇、雨、厄日頃らしい天候。
蒜の花[#「蒜の花」に傍点]はおもしろい、留守の間に咲いてゐた。
樹明君がきてくれた、その憂欝な顔、私も憂欝だつた。
秋、秋寒を感じる、蚊が少くなつた、夜は晴れて月がよかつた。
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・陽がとゞけば草のなかにてほほづきの赤さ
・つく/\ぼうしもせつなくないてなきやんだ
   改作追加
・秋空の井戸がふかうなつた
・雲が澄む水を汲むげんのしようこの花
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 九月五日[#「九月五日」に二重傍線]

秋晴、終日寝ころんで読む、牧水の紀行文集を読んでゐると一杯やりたくなる。
とても行乞なんか出来ない。
悪夢――鮹にとりつかれた夢を見た。
夕方、樹明来、久しぶりに飲む、うまい酒だつた、君はおとなしく帰つた、私もおとなしく寝た。
月もよい、虫もよい、よくないのは人間だ。
「松」の裸木追悼号を読んで、あれやこれや考へさせられた。
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・草ふかく木の実のおちたる音のしづか
 ひとりでだまつてにがい茄子をたべることも
・かへるより障子あけるより風鈴のなる
・法衣のやぶれも秋めいた道が遠くて
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 九月六日[#「九月六日」に二重傍線]

今朝は食べるものがない、梅湯(茶もないから)を飲む。
行乞気分にはどうしてもなれない、やうやく米一升捻出した。
まことに我がまゝ気まゝな一日だつた。

 九月七日[#「九月七日」に二重傍線]

秋空一碧、けふも休養する。
だるく、ものうく、わびしく、せつなく。……

 九月八日[#「九月八日」に二重傍線]

日本晴、清澄明徹いはんかたなし。
今日はどうでもかうでも行乞しなければならないので、午前中近在を歩いた、行乞相は満点に近かつた(現在の私としては)。
歩くとよくわかる、私の心臓はだいぶんいたんでゐる。
歩いたおかげで、今日明日はおまんま[#「おまんま」に傍点]がたべられる。
芙蓉、紫苑、彼岸花が咲いてゐた、芙蓉はとりわけうつくしかつた、日本のうつくしさとおごそかさとを持つてゐる。
今朝はうれしかつた、大山澄太さんのハガキが私を涙ぐましたほどうれしかつた。
物事にこだはる心[#「物事にこだはる心」に傍点
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