く/\ぼうし
・胡瓜もをはりの一つで夕飯
・こうろぎよあすの米だけはある
・星がまたゝく山こえて踊大[#「大」に「マヽ」の注記]皷の澄んでくる
改作二句追加
・酔ざめの水くみに出て草月夜かな
・家を持たない秋がふかうなるばかり
・昼もしづかな蠅が蠅たゝきを知つてゐる
・蠅たゝきを感じつゝ蠅が飛びまはる
追加(昨年の句を改作して)
・雪ふりつもる法衣のおもくなりゆくを
・朝の鐘の谷から谷へ澄みわたるなり
曇れば鴉鳴もかなしくて
夕鴉鳴きかはしてはさびしうする
追加
・濡れて涼しく晴れて涼しく山越える
・いつもひとりでながめる糸瓜ながうなる
・秋空へ屋根葺きあげてゆく
はだかとなれば秋らしい風で
・水くんであほぐや雲は秋のいろ
[#ここで字下げ終わり]
八月廿六日[#「八月廿六日」に二重傍線]
朝晩のすがすがしさ、けさのさわやかさ、身心快適。
つく/\ぼうしがいらだゝしく鳴く、その声が迫りくるやうにこたえる。
今日はどういふものか感傷的になつた、そして厭世的にさへなつた、私はセンチメンタリストではあつてもペシミストではない、しかし今日のやうな場合には、もし私が死ねる薬[#「死ねる薬」に傍点]を持つてゐたならば死んだかも知れない。
夢は悪夢だつた、恩愛の夢、執着の夢だつた、それは断ちがたい人間の絆であり軛であつた、人間としてあたりまへのもの[#「あたりまへのもの」に傍点]であつたけれど、私としては――かふいふ生活にはいりこんだ現在の私としては捨てなければならない夢だつた。
[#ここから2字下げ]
・いつしよにくりやへとびこんだは蛙の子
・ゆふざればトマト畑でトマトを味ふ
・さびしうなつてトマトをもぐや澄んだ空
・煙ひろがるゆふべの山はうごかない
[#ここで字下げ終わり]
八月廿七日[#「八月廿七日」に二重傍線]
晴朗、新秋清涼の気天地に満つ、身辺整理、心境平安、澄んで沈むのか、沈んで澄むのか、とにかく落ちついた。
明日から福岡地方へ行乞に出かけるので、畑の手入をして置く、広島菜を一うね、時知らず大根を半うね播いて置く。
トマトはうまいな、いつ食べても、――会心の作が二句できた。
[#ここから2字下げ]
油虫をうたふ二句
・虫も食べる物がない本を食べたか
・這うてきて虫がぢつと考へてゐる
[#ここで字下げ終わり]
八月廿八日[#「八月廿八日」に二重傍線]
晴、早天、酔うて倒れこんできた樹明君はそのまゝにして出立。
八月廿九日[#「八月廿九日」に二重傍線]
『行乞記』
九月三日[#「九月三日」に二重傍線]
底本:「山頭火全集 第五巻」春陽堂書店
1986(昭和61)年11月30日第1刷発行
入力:小林繁雄
校正:仙酔ゑびす
2009年1月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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