」に傍点]だとしみ/″\思ふ、裸木さんの貧乏だつたことを聞くにつけても。
蛙の子がやたらにそこらあたりを飛びまはつてゐる。
すつかり無くなつた、――米も薪も、無論、銭も! 明日はどうでもかうでも行乞しなければならない。
夕方、学校の宿直室に樹明君を訪ねて暫らく話した、十一銭のお辨当を頂戴した、庵ほど御馳走のないところはないから、何を食べてもうまい。
どうも飲みすぎる食べすぎる、禁酒絶食はとても出来ないが、せめて節酒節食したい、しなければならない。
いかなる場合でもいかなる事物でも、過ぎたるは及ばざるに如かず、好物に対して殊に然り。
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・あすのあさの水くんでおくかなかな
   (追加)本妙寺
・昇る陽を吸うてゐる南無妙法蓮華経
・秋がきた朝風の土に播いてゐる
・めつきり秋めいた風が法衣のほころび
・何となく考へてゐる犬も私も草のうへ
・夕立つや思ひつめてゐる
・夕立が洗つていつた茄子をもぐ
・夕立晴れたトマト畑に出て食べる
・夕立晴るゝや夕焼くる草の葉
・藁屋根はしづくする雑草はれ/″\
[#ここで字下げ終わり]

 八月廿三日[#「八月廿三日」に二重傍線]

今朝はすつかり秋だつた。
七時から嘉川在を行乞したが、何分にも心臓がわるくて気分がすぐれない、無理に二時間ばかり家から家へと歩いて、今日明日食べるだけのお米を頂戴して帰庵した。
曼珠沙華が一輪、路傍の叢に咲き出てゐた、折つて戻つて、机上に飾つてゐたら、油虫が食べてしまつた。
△死生から脱することは出来ないが、死生に囚はれないことは出来る、宗教的修行の意義はこゝにある。
△行乞してゐると、村の餓鬼君がホイトウホイトウといふ、いつぞや敬治居に泊つたとき、坊ちやんが、「おぢさんはホイトウかの」といつて私達を微苦笑させたが、ホイトウはおもしろいな!
午後、夕立があつた、落雷もあつたらしい。
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・青田おだやかな風が尾花のゆるゝほど
・秋暑く何を考へてゐる
・こゝにも家が建てられつゝ秋日和
・何もかも虫干してある青田風
[#ここで字下げ終わり]

 八月廿四日[#「八月廿四日」に二重傍線]

秋、秋、秋寒く秋暑し、夜は秋にして昼は夏なり。
気分すぐれず、身心の倦怠いかんともしがたし、行乞もやめて終日独居、ぼんやりして一句もなし。
明日の糧は明日に任さう[#「明日の糧は明日に任さう」に傍点]。

 八月廿五日[#「八月廿五日」に二重傍線]

曇、風模様、二百十日前後らしい天候。
出勤途上、樹明君が立ち寄つて暫らく話す。
晴れてきた、おだやかなお天気となつた。
気分はすぐれないけれど、もう食べるものがなくなつたから、しようことなしに近在行乞、やうやく米一杯半と句四つ戴いた。
△昨日の御飯が少しばかり残つてゐたので昼飯をすます、少々ベソをかいてゐる、お茶漬にして食べる、ルンペンを通つてきたおかげで、何でもおいしくして腹をいためない。
△これから水がうまくなる、と今朝樹明君と話しあつたことである、むろん、酒はいよ/\ます/\うまくなる。
秋が来ると、私はいつも牧水の酒の歌をおもひださずにはゐられない。
こんばんの御飯はほんとうにおいしかつた、からだのぐあいもだいぶよくなつたやうだ、気持がうかないのは一杯やらないからだらう(二十二日、二十三日、二十四日、二十五日と四日間飲まな[#「飲まな」に傍点]い、いや飲めない[#「飲めない」に傍点])、機械も人間も同様で、油がきれたのだ、誰か来て油をさしてくれる人はないか、などゝアル中患者の愚痴を一言書き添へて置く。
昨日から待ちつゞけてゐる敬坊は今日も来なかつた、私は失望するよりも、何かあつたのではないかと心配する。
△行乞帰途、路傍に捨てゝあつた大根を拾うてきた、そして浅漬にして置いた、勿論、捨てゝあつたぐらゐだから牛の尻尾みたいな屑大根である、それでも私が作つたのよりもよく出来てゐる、私は不生産的な人間だから、せめて物を粗末にしないことによつて、それを少しでも償ひたいと努めてゐる、そしていつも物の冥加[#「物の冥加」に傍点]といふことを考へてゐる、生きてゐるよろこびを知るならば生かされてゐるありがたさを忘れてはならない。
それにつけても、その大根を拾ひあげるとき、私は何だかきまり[#「きまり」に傍点]が悪かつた、禅坊主らしくもない羞恥感である、古徳先聖の勝躅を再思三考せよ(巻煙草の吸殼を拾ふ場合は別である、それは恥ぢなければならない、恥づべき享楽のあらはれだから)。
△ありがたさがもつたいなさ[#「ありがたさがもつたいなさ」に傍点]となるとき、その人の宗教的情操は高揚したといつていゝ、彼はもののいのち[#「もののいのち」に傍点]にぴつたり触れたのだ。
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・まへもうしろもつく/\ぼうしつ
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