句集自序の一節として
私の句はまだ/\水つぽいけれど、へたなカクテルのいやなあくどさはないと信じてゐる。……
(描く句[#「描く句」に傍点]、述べる句[#「述べる句」に傍点]、うたふ句[#「うたふ句」に傍点])
(説く句、叫ぶ句、呟く句)
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八月二日[#「八月二日」に二重傍線]
朝風のこゝろよさ、風鈴もしめやかな音色。
夕立時雨でめつきり涼しくなつた、風がふいて蚊もすくなかつた。
△歌でも句でも、詩は自然景象[#「自然景象」に傍点]を通して生活感情[#「生活感情」に傍点]がにじみ出てゐなければならない、いひかへれば自然が自己[#「自然が自己」に傍点]とならなければならないのである。
今日は誰も来なかつた、誰をも訪ねなかつた、ものいふことはなかつた、郵便と新聞とが来たゞけ。
胡瓜、胡瓜、茄子、茄子だつた、そして炭がなく薪もなくなつたので、まことに苦心さんたんであつた。
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・ころころころげてまんまるい虫のたすかつた
・とまるより鳴き、鳴きやめるより去つた夕蝉
・降つたり照つたりちよろ/\するとかげの子
・まづしい火をふく粉炭がはねた
・それはそれとして火を焚きつける
戯作三首(或る友に)
・風鈴の音のよろしさや訪ねてくれるといふ
・風鈴のしきりに鳴るよ訪ねてくれる日の
・訪ねてくれて青紫蘇の香や飲ましてくれる
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八月三日[#「八月三日」に二重傍線]
けさは早かつた、近在行乞しなければならなかつたから、――しかしお天気があぶないのでしようことなしに中止、硯[#「硯」に「マヽ」の注記]貝掘りにでも行きたかつたがそれも中止しなければならなかつた。
雨模様の時化模様、土用としては変に涼しい。
朝、樹明君が実習生四五人連れてくる、庵の周囲はあんまり草ぶかいので刈つてくれようといふのである、監督は神保さん、何しろ生徒さんたちだから、そこらをわがまゝに刈り取つて帰つていつた、下手な理髪のあとのいがぐりあたまのやうにして! 私もところ/″\の草を取つた、たまさかお化粧した田舎娘の顔のやうにまだら/\だ!
風が雨をよんで強くなつた、柿の青葉が吹きちぎられて飛ぶ、風鈴がやけに鳴る、障子をあけてはゐられないほどだつた、――秋近しと肉体が感じた。
伊東さんに手紙をあげた、逢ひたいな、一杯やりたいな。
風を観てゐると、ひようびようたるおもひにうたれる、風よ汝はいづこより来り、いづこに去るや、と昔の詩人は嘆じたが、私も風を、風そのものをうたいたいと思ふ。
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・いぬころ草もほうけてきたまた旅に出よう
・赤い花が白い花が散つては咲いては土用空
・夕焼ふかい蜘蛛の囲でさけぶ蝉あはれ
暮れると風が出た月の出を蚊帳の中から
・あすの水くんでをく棗はまだ青い夕空
・何はなくとも手づくりのトマトしたゝる
・ほつと眼がさめ鳴く声は夜蝉
・身のまはりは雑草つぎ/\に咲いて
・風の子供はかけまはる風
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八月四日[#「八月四日」に二重傍線]
雨もやみ風もおちた、どうやらお天気になるらしい、庵の周囲は何だか荒涼としてゐる、草刈草取の跡そのまゝ。
野菜畑手入、晴れるとさすがに暑い、蚊や蚋がすぐ襲撃する。
胡瓜はもうをはりに近い、茄子はまだ/\盛り、トマトはボツ/\ふとつてうれる、ハスイモ、シソ、トウガラシはいよ/\元気だ、大根はいつもしなびてげつそりしてゐる、……しようがもおなじく。
野菜はうまい、そのほんとうのうまさはもぎたて[#「もぎたて」に傍点]にある。
五厘銅貨でやつとなでしこ小袋を手に入れることができた。
けふは敬坊帰省の日、きつと寄つてくれると、行乞もやめにして待つてゐた、待つて、待つて、待つたあげくは待ちぼけで寝た、――と呼び起す人がある、敬坊だ、お客がきてやつてこられなかつたといふ、酒、酒、よい酒だつた。
△よう寝た、何もかも忘れて寝た、捨てるまへに忘れろ[#「捨てるまへに忘れろ」に傍点]、いや、忘れることは捨てることだ[#「忘れることは捨てることだ」に傍点]。
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きのふの蝉がまだ蜘蛛の囲に時化の朝ぐもり
・胡瓜の皮をむぐそれからそれと考へつゝ
・夏草ふかい水底の朝空から汲みあげる
またもいつぴき水におぼれて死んだ虫
・朝ぐもり触れると死んだふりする虫で
風ふく鴉のしわがれて啼く
ほろりと糸瓜の花落ちた雨ふる
・蛙をさなく青い葉のまんなかに
・こんなに降つても吹いても鳴きつゞける蝉の一念
・風がさわがしく蝉はいそがしく
・風がふくふく髯でも剃らう
・ついてきた蠅の二ひきはめをとかい
・街からつかれてお米と蠅ともらつてもどつた(追加)
・竹になりきつた竹の青い空
・雑草すゞしい虫のうまれてうごく
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