・きのふもけふも茄子と胡瓜と夏ふかし
・月がぽつかり柿の葉のむかうから
・のぼる月のあかるい蚊帳に寝てゐて
・蚊帳へまともな月かげも誰かきさうな
家ぬち明るすぎる夜蝉のするどくて
・まうへに月を感じつゝ寝る
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八月五日[#「八月五日」に二重傍線]
五日ぶりの酒はこたえた、といふ訳で寝すごした、六時のサイレンが鳴つてから御飯、むろん、昨夜の残酒はそのまゝにしておかなかつた。
朝はよいな、ことにけさはよいな。
曇、日傭人夫が困ることも事実だ、私もその仲間の一人!
醤油も煙草も、そして出さなければならない端書もないので、学校に樹明君を徃訪して五十銭玉一つを強奪した、そしてその残金でKに立寄つて氷を一杯たべた、Kへは五月ぶり、氷は今年最初のそれだつた。
とにかく、けふはなんとなく愉快だ、ダンスでもやるか!
午後、樹明来、そして敬坊来、酒は豊富、下物も豊富(野菜ばかりだが)、生ビールさへあつた、みんなほどよく酔うて、樹明君は九時頃帰宅、敬坊はとう/\泊つた。
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・ききようかるかやことしの秋は寝床がある
・日が暮れて夜が明けてそして乞ひはじめる(行乞)
・風が吹きぬける風鈴と私
・いちぢくにからまつたへちまの花で
人を待つこれから露草の花ざかり
・何もしないで濡タオルいちまいのすゞしさよ
・死んだまねして蜘蛛はうごかない炎天
・青葉がくれの、あれは Ichifuji の灯
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八月六日[#「八月六日」に二重傍線]
曇、朝の仕度をしてゐるうちに晴れてくる。
昨夜の残物(むろん酒もある)を平げる、あゝ朝酒のうまさ、このうまさが解らなければ、酒好きは徹してゐない、敬君、樹明君どうです?
敬君は何も食べないで県庁へ出張。
木炭を持つてきてくれないのにフンガイする、油虫の横暴にもフンガイする、フンガイしたところでどうにもならないけれど。
朝蝉はよいな、敬坊いふ『こゝは極楽浄土だ』山は答へる、『さびしい浄土だ[#「さびしい浄土だ」に傍点]』
樹明君来庵、なが/\と寝た、私はなるだけ昼寝をしないやうにしてゐる、それでなくても夜中寝覚勝だから。
もう早稲田には穂が出てゐる。
敬坊なか/\戻つて来ない、二人でぢり/\する、二人だけで物足りない夕飯を食べて、敬坊の家の方へ散歩する、樹明君は敬君徃訪、私は帰庵、水を汲んだり汚れ物を洗つたりしてゐると、果して敬坊来車、酒を持つて、間もなく樹明も来車、茹鮹を下げて。
月がよい、昨夜もよかつたが今夜は一層よい、月あり酒あり[#「月あり酒あり」に傍点]、友あり寝床あり[#「友あり寝床あり」に傍点]。……
二人をよい月へ見送つて、よい月へごろりと寝る。
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・鳴るは風鈴、この山里も住みなれて
・伸びあがつて炎天の花
・はぶさう葉をとぢてゐる満月のひかり
・すずしい月へふたりを見おくる
・子のことも考へないではない雲の峰がくづれた
・灯して親しいお隣がある(改作)
・親子でかついでたなばたの竹
・風は裏藪から笠と法衣と錫杖と
・暑い土のぽろ/\こぼれるをくだる
・葉かげふかくうもれてゐる実があつた
・据えた石もおちついてくる山をうしろに
・炎天の枯木よう折れる
・真昼を煮えてゐるものに蝉しぐれ
・このうまさは山の奥からもらつてきた米
・風鈴の音のたえずして蝉のなくことも
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八月七日[#「八月七日」に二重傍線]
すこし飲みすぎですこし朝寝、しかし天地明朗である、夏の日[#「夏の日」に傍点]を感じる。
今日は七夕、当地の河原はたいへん賑ふといふ、郵便局へ出かけたが、街は青竹のうつくしさで埋められてゐる、晩には煙火見物に出かけるかな。
夫婦で棚機竹をかついだり、家内惣[#「惣」に「マヽ」の注記]動員で色紙飾紙を竹にとりつけてゐる、七夕祭は女性的だが、たしかに東洋的な日本らしい情調を帯びてゐる。
うつくしいかな、なつかしいかな、大和撫子、常夏の花。
いぬころ草を活けて、これもをはりのよさを味ふ。
糸瓜がちいさくぶらりとさがつてきた。
巡査来、戸籍調べらしい、飛行機来、一句くれていつた、冀くは今夜も敬坊来、樹明来、南無アルコール大明神来!
茄子がうまかつた、漬菜がほんとうにうまかつた。
街の七夕夜景を見物して歩いた、提灯のほかげはまつたくうつくしい、親しみふかい日本美観である、なまじ近代風を加味したのはかへつて面白くない、それから河原へ行つた、たいへんな人出だ、果物店、氷店の羅列である、久しぶりに夜店風景を満喫した。
月がよかつた、風も涼しかつた、煙火のポン/\もうれしかつた。
人形芝居の催しがあつた、やたらに人形が動く、どこら[#「ら」に「マヽ」の注記]そこらで蛙が鳴いてゐた。
街の人ごみの中で、今
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