わたればふるさとの街で
・おばあさんはひとりものでつんばくろ四羽
・つゆのつゆくさのはなひらく
・水音のよいここでけふは早泊り
炎天、蟻が大きな獲物をはこぶ
・炎天の鴉の啼きさわぐなり
石にとまつて蝉よ鳴くか
・山の青さへつくりざかやの店が閉めてある
・そこから青田のほんによい湯加減
・おそい飯たべてゐる夕月が出た
・暮れてまだ働らいてゐる夕月
ぐつすり寝て覚めて青い山
よい寝覚のよい水音
炎天のした蚯蚓はのたうちまはるばかり
・ことわられたが青楓の大きな日かげ
・けふはプラタナスの広い葉かげで昼寝
岩水に口づけて腹いつぱいのすずしさ
・ふるさとのながれにそうて去るや炎天
・逢ひたいが逢へない伯母の家が青葉がくれ
・ふるさとは暑苦しい墓だけは残つてゐる
・ふるさとや尾花いちめんそよいではゐれど
笹にもたれて河原朝顔の咲いてゆらいで
・はるかに夕立雲がふるさとの空
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七月三十日[#「七月三十日」に二重傍線]
よくねむれた、つばめが朝早くから子に餌をもつてきてやつてゐる、これはおばあさんの孫みたいなものだらう。
堀行乞、七時から九時まで、そして島地行乞、十時から十二時まで。
花尾八幡宮の社殿で昼休み二時間。
途中、現世利益の御祈祷を頼まれたが碗[#「碗」に「マヽ」の注記]曲に断る、そんな事は私の柄にない事だから!
岩の間から雫する水はよいな。
嶋地の人々に幸あれ。
佐波川にそうて下り、岸見の飯田屋といふのに泊つた、こゝも悪くない宿だつた、殊に一室一人、一燈一人はうれしかつた、お客さんは私一人だから。
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行程五里、所得は米四升二合、銭卅七銭。
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禁を破つて、昼二杯、夕二杯、とてもうまい酒だつた。
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夕飯(茄子、さゝげ豆、胡瓜膾、沢庵漬)
朝食(味噌汁、沢庵漬)
木賃 三十銭
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・まうへに陽がある道ながし
・おもひでは暑い河原の石をふみ
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七月三十一日[#「七月三十一日」に二重傍線]
沿道を行乞しながら一時舟橋通過、四時大道到着、もう歩きつゞける元気もなくなつて汽車に乗る、四辻も束の間、すぐ小郡だ、やれ/\戻つてきました。
イリコ五十目十五銭、ミヨウガ三十ばかり二銭、サケ三合二十四銭が今日の途中の買物だつた。
右田岳のよさを見直した、河原には朝顔、撫子、月草、そして苅萱も。
今日はプチブル婆、プチブル爺に対して腹が立つた、そして乞食の負惜[#「乞食の負惜」に傍点]を体験した。
田舎の子沢山を見て憤慨する、何故彼等は birth−control しないのか!
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行乞が私に与へた恩恵
一、何でもおいしく食べられる
一、ほとんど腹が立たないやうになつた
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飯のうまさ、水のうまさ(モチ酒のうまさも)、食べるもの飲むもののうまさは行乞してからほんとうに解つた。
徒歩禅[#「徒歩禅」に傍点]は断じて徒労禅[#「徒労禅」に傍点]ではなかつた。
歩々清風[#「歩々清風」に傍点]である。
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今日の所得は銭十八銭、米四升一合。
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七月三十一日[#「七月三十一日」に二重傍線]
さすがに汽車は早い、有難い、五時にはもう其中庵主として夕食の仕度にいそがしかつた、胡瓜、茗荷、トマト、そしてイリコ、それで一杯ひつかけて寝た、手足をぞんぶんに伸ばして。
トマトはほんとうにうまい。
戻つて来て、何の変化[#「変化」に傍点]もない、蜘蛛が網を張り、油虫が這ふだけ!
梭二さん贈るところの松笠風鈴[#「松笠風鈴」に傍点]はうれしかつた。
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・山頭火には其中庵がよい雑草の花
・糸瓜伸びたいだけのぼつたりさがつたりして花つけた
・風はうらから風鈴の音もつゝましく
・仏前しづかに蝶々きてとまる
・もどつてきたぞ赤蛙
・ひえ/″\として夜明ける風鈴のなる
・なにかつかみたい糸瓜の蔓で朝の風ふく
・草のすゞしさは雀もきてあそぶ
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八月一日[#「八月一日」に二重傍線]
ねた、ねた、ねた、ほんとうによくねた、牛のやうにねた。
くもり、あるけばあついが、ぢつとしてをればすゞしい。
なんと松笠風鈴の音のよろしさ、其中庵はあたらしく一つの声を与へられて、ひとしほ閑寂のおもむきを増した。
新秋清涼の気がどことなくたゞようてゐる。
買物いろ/\、――酢、醤油、石油、煙草、端書――行乞四日間の所得はすつかり無くなつてしまつた。
樹明君徃訪(学校に)、大村君来訪(午後半日)。
近代野蛮人[#「近代野蛮人」に傍点]といふ語の意義ふかきをおもふ。
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