、ありがたさよ。
いつもは雀が稀なのに(雀の緑平老に不平をおこさせたほど)今日はたくさん雀がきてゐる、十羽、二十羽、三十羽、まさか風がふくからでもなからう。
午後、樹明君来庵、魚と焼酎とをおごつてくれる、ツマは畑から、トマト、胡瓜、蓮芋、紫蘇、とても豊富である、そして飯の代りとしてウドン、たらふく飲んで食べて酔ふた、あぶない/\。
風が強い、吹きとばされさうだつた、樹明君を途中まで送つて、それから局まで行つてハガキを投凾、そしてフラ/\しながら戻る、戻つて茶を沸かし飯を食べる、なか/\酔が醒めない、ハダカで寝る、アブラムシに笑はれた。
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・郵便屋さんはがきと蠅とをいていつた
・うまくのがれた蠅めが花にとまつてゐる
・風ふく身のまはりおほぜい雀がきてあそぶ
・どちらへあるいてもいぬころぐさの花
・いぬころぐさいぬころぐさと風ふく
・ほろりとひかつて草の露
・風の風車の水車水をくみあげる
・風のなかおとしたものをさがしてゐる
・風のなか買へるだけの酒買うてきた
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 七月廿五日[#「七月廿五日」に二重傍線]

すてきに早起して、佐波川沿岸地方を行乞すべく、湯田まで出かけたが、とう/\降りだしたので、そして止みさうもないので、残念ながら引き返した(それでも一時間あまり途中行乞することは忘れなかつた、それほど事情が切迫してゐたからでもあるし、また、それほど乞食根性に慣らされてゐるからでもある、といつてよからう!)。
よい雨、明るい雨であつた(方々で雨乞をやつてゐたくらゐだから)、まことに慈雨であり喜雨であつた。
また何か事件があつたと見えて、今朝は柳井津橋のほとりで張込の刑事に誰何された、若い、人のよい刑事だつた、私が「二三日行脚してこうと思ふのです」といつたら、「それはよい、おいでなさい」とほがらかにいつてくれた。
合羽をきたので暑かつた、この合羽もずゐぶん古いものだ。
新国道の空をもう精霊蜻蛉が飛びまはつてゐた。
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今日の所得
  米 六合   銭 九銭   外に句、十三。
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帰庵したのは一時すぎ、法衣をぬぐなり、水をくんで飯を炊く、ひとりもののノンキないそがしさ[#「ひとりもののノンキないそがしさ」に傍点]である。
△童心[#「童心」に傍点]――句心[#「句心」に傍点]――老心[#「老心」に傍点]といふことについて考へる。
山のしづけさ、山のさびしさ。
蝉のうれしさ、蚋のにくさ、ことに血に飢えた藪蚊は。
よい事ばかりはない、よい事をよくない事がうらづける、それが浮世といふものだ。
昼蚊帳を吊つて休養した、あんまり年寄くさいけれど。
あたりまへの事[#「あたりまへの事」に傍点]が好きになつた、平凡のうちに見出される味が本当のものだと思ふ、昔は二二ヶ四でないことを祈つたが、今は二二ヶ四であることを願ふ。
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・けふも暑からう蓮の花咲ききつた
・ここも空家で糸瓜の花か
・風が落ちて雨となつた茄子や胡瓜や
・夕立晴れた道はアスフアルトの澄んだ空
・大橋小橋も新らしい国道一直線
・やつぱりお留守でのうせんかづら
 青柳おしわけいたゞくや一銭銅貨
・しんじつよい雨がふるいちじくの実も
・よい雨の、草や小供やみんな濡れ
・雑草のよろこびの雨にぬれてゆく
・死ねない杖の二本があちこち
・はたらいてきて水のむ
・蘇鉄の芽も昔ながらの家である
・自動車が通つてしまへば群とんぼ
・むしあつい雨だれの虫がはうてでる
・血がほとばしる、わたしのうつくしい血
・草から追はれて雨のてふてふどこへゆく
・雨が洗つていつたトマトちぎつては食べ
・いつも見て通る夾竹桃のなんぼでも咲いて
・せつせと田草とる大きな睾丸
・けふも夕立てる花のうたれざま
・ぬれてなく蝉よもう晴れる
・向日葵や日ざかりの機械休ませてある(追加)
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 七月廿六日[#「七月廿六日」に二重傍線]

昨夜はずゐぶん降つた、今日も時々降つた、これで水も十分だらう、草にも人にも喜色が見える。
天候も定らないし、法衣も乾かないので休養読書。
トマトを食べる、トマトのうまさがすこし解つたやうに思ふ。
何となく倦怠を覚える(そのくせ食慾はちつとも減じないどころか、ありすぎるほどある、五合の飯をペロリと平らげる)、入浴したら、だいぶ気持がすが/\しくなつた(湯銭が五厘不足とは笑はせる)。
向日葵が咲いてゐる、驕れる姿だ、どことなく成金臭があるけれど嫌いではない。
△酒と句[#「酒と句」に傍点]、この二つは私を今日まで生かしてくれたものである、若し酒がなかつたならば私はすでに自殺してしまつたであらう、そして若し句がなかつたならば、たとへ自殺しなかつても、私は痴呆となつてゐたで
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