い酒」に傍点]はしば/\飲んではならない酒[#「飲んではならない酒」に傍点]であり、飲みたくない酒[#「飲みたくない酒」に傍点]でもある、飲まなければならない酒[#「飲まなければならない酒」に傍点]はよくない酒である。
飲みたい酒[#「飲みたい酒」に傍点]、それはわるくない。
味ふ酒[#「味ふ酒」に傍点]、よいかな、よいかな。
酒好き[#「酒好き」に傍点]と酒飲み[#「酒飲み」に傍点]との別をはつきりさせる要がある。
酒好きで、しかも酒飲みは不幸な幸福人だ[#「不幸な幸福人だ」に傍点]。
   ※[#丸中黒、1−3−26]酒に関する覚書(三)
酒は酒嚢に盛れ、酒盃は小さいほど可。
独酌三杯、天地洞然として天地なし。
さしつ、さされつ、お前が酔へば私が踊る。
酒屋へ三里、求める苦しみが与へられる歓び。
酒飲みは酒飲めよ、――酒好きに酒を与へよ。
飲むほどに酔ふ、それが酒を味ふ境涯である。
[#ここから2字下げ]
・かどは食べものやで酒もある夾竹桃
・夜風ふけて笑ふ声を持つてくる
   悼 緑石二句
 波のうねりを影がおよぐよ
 夜蝉がぢいと暗い空
   追加数句
・日ざかりのながれで洗ふは旅のふんどし
・いろ/\の事が考へられる螢とぶ
・なんといつてもわたしはあなたが好きな螢《ホウタル》
[#ここで字下げ終わり]

 七月廿二日[#「七月廿二日」に二重傍線]

昼も暑く夜も暑かつた、今日も我儘ながら休養。
仕事をする人々――田草取り、行商人、等々――に対して、まことにすまないと思ふ。
朝、手紙を二通書いて出す、一つは句稿を封入して白船老へ、一つは緑石君の遺族へお悔状。
途上、運よく出逢つた屑屋さんを引張つてきて新聞紙を売る、代金弐十弐銭也、さつそく買物をする、――ホヤ八銭、タバコ六銭、シヨウチユウ四銭、そして入浴して、まだ一銭余つてゐる!
南無新聞紙菩薩、帰命頂礼。
けふも漬茄子、やつぱりうまい、青紫蘇の香は何ともいへない。
夜は寝苦しかつた。
盆踊の稽古らしい音がきこえる、それは農村のヂ[#「ヂ」に「マヽ」の注記]ヤズだ、老弱男女、みんないつしよに踊れ、踊れ。
[#ここから2字下げ]
・炎天の水のまう蛇のうね/\ひかる
 炎天の下にして悶えつゝ死ぬる蛇
・伸びて蔓草のとりつくものがない炎天
 晴れわたり青いひかりのとんぼとあるく
 いちにち黒蜂が羽ばたく音にとぢこもる
 すこし白んできた空から青柿
 青葉ふみわけてきてこの水のいろ
・蚊帳をふきまくる風の暮れると観てゐる
・すつかり暮れた障子をしめて寝る
・よるの青葉をぬけてきこえる声はジヤズ
・きりぎりすも更けたらしい風が出た
・なんぼたゝいてもあけてやらないぞ灯取虫
・落ちたは柿か寝苦しい夜や
・死ぬる声の蝉の夜風が吹きだした
・あちらで鳴くよりこちらでも鳴く夜の雨蛙
    □
・空のふかさは木が茂り蜘蛛の網張るゆふべ
・とんぼつるんで風のある空
   追加
・あの山こえて雷鳴が私もこえる
[#ここで字下げ終わり]

 七月廿三日[#「七月廿三日」に二重傍線]

昨夜も寝苦しかつた、それは暑いためばかりではなかつた。
せつかくよう出来てゐた茄子に虫がついて、しだいに弱つてきた、どんな手当をしてよいか解らないので、灰をふりかけてやつた。
味噌も醤油もなくなつてしまつた、むろん銭はない、今日は蕗、紫蘇、らつきよう、梅干、唐辛、[#「辛、」に「マヽ」の注記]焼塩、――そんなものばかり食べた、何といつてもまだ米があるから、そして塩だけはあるから有難い、飯ばかりの飯[#「飯ばかりの飯」に傍点]、いや空気[#「空気」に傍点]を食べてさへすましたこともあるのだから。
もろ/\の虫、いろ/\の草、さても其中庵はにぎやかである。
禅海さんからハガキが来たが、私製ハガキの規定通りになつてゐないものだから、不足税を三銭徴収された、やつと五厘銅貨で納めたが。
くもり、ばら/\雨、トマトのい[#「い」に「マヽ」の注記]つくしい色を食べる(じつさいうれたトマトの肌はうつくしい)。
[#ここから2字下げ]
・糸瓜やうやく花つけてくれた朝ぐもり
 をのれにひそむや藪蚊にくんだりあはれんだりして
・蝉時雨もう枯れる草がある
・昼しづかな焼茄子も焼けたにほひ
・けふまでは生きてきたへそをなでつつ
・はひまはつた虫は見つけた穴にはいつた
・へちまよ空へのぼらうとする
[#ここで字下げ終わり]

 七月廿四日[#「七月廿四日」に二重傍線]

ようねむれた、行乞すべく早う起きたが、ばら/\降つて風模様なので見合せる。
一円ばかり欲しいな、と思ふと同時に、蝉の声はよいな、とも思ふ。
天地うるほひあり、といつたやうな感じ。
自然荘厳[#「自然荘厳」に傍点]――自然浄土[#「自然浄土」に傍点]である。
△梅干のうまさよ
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