あらう、まことに、まことに、南無酒菩薩[#「酒菩薩」に傍点]であり、南無句如来[#「句如来」に傍点]である。
遊歩[#「遊歩」に傍点]悠々、行乞は遊歩三昧でなければならないと思ふ、いつも行乞する場合、さう思ふのである。
夜の雨はしめやかだつた、財布はいよ/\ないふ[#「ないふ」に傍点]だつたが!
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・すつかり好きになつたトマトうつくしくうれてくる
・地べたはいあるく児のまつぱだかなり
・警察署の裏はきたない水へ夾竹桃
・灯れば青葉のしたしい隣がある
・夕立晴れたる草や木や話声がするゆふべ
追憶一句
・ほうけすゝきのいつまでも秋ふかし
・よべの雨の水音となつて明けはなれた
子にせがまれて蝉はいつもの柿の木に(樹明君、敬坊に与ふ)
雨の日ねもす藪蚊とたゝかふ
(・風の日ねもす萱の穂の散りくる)
あぶら蝉やたらに人が恋ひしうて
・雨ふる裏田ははだかで草とる
・子のことは忘れられない雲の峰
黒い蝶白い蝶夏草はしげる
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七月廿七日[#「七月廿七日」に二重傍線]
まだ降つてゐる、まるで梅雨のやうだ、これではもう水は十分すぎるだらう、そして水を呪ふだらう、エゴイスト人間!
昨夜から今朝は涼しい、子の夢[#「子の夢」に傍点]を見た、それは埓もない夢だつたが、そこにはやつぱり親としての私の心があらはれてゐた、捨てゝも捨てゝも捨てきれないもの、忘れようとしても忘れることの出来ないもの、――そこに人間的[#「人間的」に傍点]なものがある、といへないこともあるまい、人間山頭火!
△与へられるものは与へなければならない、与へるよろこびが与へられるよろこびでなければならない。
いぬころ草[#「いぬころ草」に傍点]のさかりがすぎてつゆ草[#「つゆ草」に傍点]の季節となつた。
何しろ藪蚊が多いので昼も蚊帳を吊つて読書、坊主の言草ぢやないが、内は極楽、外地獄、まことに麻布一重[#「麻布一重」に傍点]であります。
雨、その雨を利用して中耕施肥。
今日午後、はじめて、つく/\法師の声。
樹明来、お土産は例の如し、鰺はうまいし焼酎もわるくない、酔ひつぶれて宵から熟睡。
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・なか/\暮れないきりぎりすかな
・夕蝉のなくことも逢ひたいばつかり
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七月廿八日[#「七月廿八日」に二重傍線]
ねた、ねた、とてもようねた。
オミキ! 昨夜の残りの焼酎一杯!
今日からまた行乞の旅へ出る、歩け、歩け、たゞ歩け、歩くことが一切を解決してくれる。……
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△七月のはじめに、――
葉の青さに青蛙ひつそり
△七月のをはりに、――
草も蛙もあを/\としてひつそり
△自然の推敲改作[#「自然の推敲改作」に傍点]とでもいはうか。
酒飲めば谷の枯木も仏なり(連句)(芭蕉)
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┌こんな一句がたしかにあつたと思ふ。
└酒好きに痴人[#「痴人」に傍点]は多いが悪人[#「悪人」に傍点]は少ない。
七月廿九日[#「七月廿九日」に二重傍線]
『行乞記』
七月三十日[#「七月三十日」に二重傍線]
底本:「山頭火全集 第五巻」春陽堂書店
1986(昭和61)年11月30日第1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:小林繁雄
校正:仙酔ゑびす
2009年1月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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