――(山頭火第二句集自序)――
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私は酒が好きなやうに水が好きである。
これまでの私の句は酒(悪酒でないまでも良酒ではなかつた)のやうであつた、これからの私の句は水(れいろうとしてあふれなくてもせんせんとしてながれるほどの)のやうであらう、やうでありたい。
この句集が私の生活と句境とを打開してくれることを信じてゐる、淡として水の如し、私はそこへ歩みつゝあると思ふ。
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・何か落ちたる音もしめやかな朝風
追加二句
・なんとうつくしい日照雨ふるトマトの肌で
・夾竹桃さいて彼女はみごもつてゐる
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七月十七日[#「七月十七日」に二重傍線]
夢のない眠り、千金にも値する快眠だつた。
毎日暑いことである、夕立がきさうでこない、ばら/\と日照雨。
街へ買物にちよつと出たが汗でびつしよりになつた、石油十銭、醤油七銭、眼鏡四十五銭、……酒まではまはらない。
茄子胡瓜、胡瓜茄子ばかり食べてゐる。
野菊(嫁菜の花)が咲きはじめた、トマトも色づいてきた。
らつきよう一升十銭、その手入で午後はつぶれた。
夕は早くから蚊帳の中、待つてゐたが樹明君はやつてこなかつた。
今夜は十七夜、宮島祭だつたらう。
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・ころ/\ころげてまあるい虫
・つながれて吠えるばかりの仔犬の暑さ
・朝からはだかで蝉よとんぼよ
・夕立つや蝉のなきしきる
夕立つや逃げまどふ蝶が草のなか
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七月十八日[#「七月十八日」に二重傍線]
朝ぐもり、蝉しぐれ、身心なごやかなり。
胡瓜の味噌煮、茄子の浅漬うまし。
緑平老から涙ぐましいほど温かい手紙がくる、さつそくビール代や新聞代の借銭を払ふ、荷が軽くなつて吻とする。
入浴、身心のび/\とする。
夕立が沛然とやつてきた、よい雨だつた、よろこんだのは草木ばかりぢやない、虫も人もよろこんだ。
夕方、樹明君が御馳走を持つてきた、酒と鑵詰と、――たのしく飲んで、酔うて、寝てしまう。
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・朝風のいちばん大きい胡瓜をもぐ
・肥をやる菜葉そよ/\そよぐなり
・朝はすゞしく菜葉くふ虫もつるんで
・朝の水はつらつとしていもりの子がおよいでゐる
・日ざかり黄ろい蝶
・山のあなたへお日様見送つて御飯にする
・寝るには早すぎるかすかに
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