熟睡した快さ、雨の音のうれしさ。――
[#ここから2字下げ]
・よい雨の窓をあけはなつ
[#ここで字下げ終わり]
塩はある[#「塩はある」に傍点](何と塩の尊くて、そして安いことよ)、その塩で御飯をいたゞきませう。
いよ/\本格的梅雨となつた。
どこも田植で、純日本的風景[#「純日本的風景」に傍点]が展開されてゐる。
樹明君から来信、私が酒を買ひ、君が下物を持つてくることになつた(酒代は、ありがたや、句集代を樹明君が保管してゐてくれたので、十分、十分、十分である)。
合羽を着て酒買ひに。
約をふんで、樹明君がやつてきた、鮹と胡瓜とを持つて。
うまい酒だつた、酔うて倒れた、眼が覚めたらもう朝が来てゐた。
[#ここから2字下げ]
・さみだるゝや真赤な花の
・濡れて尾をたれて野良犬のさみだれ
・はたらく空腹へさみだれがそゝぐ
・梅雨空のしたしい足音がやつてくるよ(改作)
・あめのはれまの枇杷をもいではたべ
・梅雨あかり私があるく蝶がとぶ
・びつしより濡れてシロ掻く馬は叱られてばかり
   追悼
・夏木立、そのなかで首をくゝつてゐた
[#ここで字下げ終わり]

 六月廿三日[#「六月廿三日」に二重傍線]

曇、后晴、やつぱり空梅雨か。
早起、好日、さてもほがらかな今朝なるかな。
糸瓜を植ゑる、五本生えたが三本は虫に喰はれた。
道ばたの青梅を十個ばかり盗んできて(捨てゝあるのだから、むしろ拾うてきて)漬ける、果して焼酎漬が出来るか知ら。
可愛い赤蛙がぴよんと飛ぶ、そして考へてゐる、まだ子供、いや青年だ。
樹明君が陰惨な顔で来た、私の杞憂が杞憂でなかつたことを証拠立てゝゐる、昨夜のよい酒が今朝のわるい酒となつたのか、いたましい事実である、私は君を責めずにはゐられない、亡弟の忌中であり、学校職員であり、夫であり父である君としては、あまりに不謹慎である、君よ、自ら苦と罪とを求めたまふな、しばらく寝たまへと私がいふ、どうしても寝られないと君はいふ、さびしい問答のかなしい真実である、……飯が出来るのも待たないでJさんといつしよに帰つていつた。……
午後、ハガキを投凾すべく、石油を買ふべく街へ出かける、小郡にもガソリンガールが出現した、その軽快愛すべしであつた。
地虫が鳴きだした、地上は夏でも地中は秋だらう。
[#ここから2字下げ]
・草しづかにして蝶がもつれたりはなれたり
 糸瓜植ゑ
前へ 次へ
全16ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング