「老の涙」に傍点]! その涙は辛かつたらう!
蕗を煮る、いい香気だ、青紫蘇のにほひもいい。
樹明君を学校に訪ねて、胡瓜と玉葱とを貰うて戻る。
先日、伊佐町で知り合ひになつた禅海坊がひよつこりと訪ねてきた、此度は泊らないで対談二時間ばかりで帰つていつた、行乞米一升ばかりくれた、私は財布の底をはたいて五銭あげた。
夕の白い風を身心に感じた[#「夕の白い風を身心に感じた」に傍点]。
敬治君が戻つてくる、樹明君が酒と下物とを持参した、やつぱり酒はうまい、二君がそれ/″\帰つた後で、自分で自分の酔態を笑つたことである。
近来、酒に弱くなつた、酔ひやすくなつた、それがホントウだらう。
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・雑草に風がある夜明けの水をくむ
・蛙が鳴きつつ蛇に呑まれてしまつた
・日照雨、ぴよんぴよん赤蛙
・あすは来るといふ雨の蕗を煮てをく(澄太さんに)
・てふてふなかよく花がなんぼでも
・てふてふとんで筍みつけた
・晴れわたり蓮の葉のあたらしい色
青葉へ錫杖の音を見送る(禅海坊に)
・あるきまはつてふたゝびこゝへ桐の花(改作再録)
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七月二日[#「七月二日」に二重傍線]
眼がさめたら夜明けらしいのですぐ起きる、酔うてそのまま寝てゐたのでさん/″\蚊にくはれてゐる。
裏山をあるく、青草に寝ころんで雲をながめる。
伊東さんがやつてくる、飯を炊いていつしよに食べる、まもなく国森さんがやつてくる、大村さんもやつてくる、とう/\焼酎を買うてみんなでちび/\と飲む、とかくするうちに日も傾いたので、伊東さんを送つて駅まで行く、同時に大山さんを迎へるつもり。
大山さんと清水さんとはちやんと庵にきてすはつてゐられた。
焼酎と油揚餅と梅酢との中毒で私は七顛八倒しなければならなかつた、大村さんが医者へ走る、樹明君が介抱する、お客さんが自分で賄をする、主客も何もあつたものぢやなくなつてしまつた。
私は腹の痛みで呻きつゞけた、しかし皆さんのおかげで、悪運強くして死なゝかつた。
とにかく意味ふかい一夜ではあつた。
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・朝焼あほげばぶらさがつてきた簑虫
・草の青さに青い蛙がひつそり
[#ここで字下げ終わり]
庵にも赤い花が咲いてゐる――と誰かゞいつた。
七月三日[#「七月三日」に二重傍線]
昨夜おそくまで看病してくれた大村君と樹明君とが朝から見舞に
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