! 何と醜い顔! それが私のだつた!
[#ここから2字下げ]
新国道はまつすぐにして兵列がくる
・草へ脚を投げだせばてふてふ
・春ふかい草をふみわけ蛇いちご
・たゞ暑くゆきつもどりつローラーのいちにち
・うしろは藪でやぶうぐひす
・うらから風もひとりですゞしい
[#ここで字下げ終わり]
昨日も今日も行乞相はわるくなかつたが、それでも時々こだはつた、捨てゝも、捨てゝも、ちぎつても、ちぎつても、執着はのこるものかな。
夜はぐつすりと寝た、近来にない熟睡だつた。
[#ここから2字下げ]
今日の行乞所得 今日の買物
銭 六十四銭 蓮芋苗 五銭
米 一升三合 焼酎 二十銭
[#ここで字下げ終わり]
五月三十一日[#「五月三十一日」に二重傍線]
けさは早かつた。
阿知須行乞、わるかつた、風はふくし、人気はよくないし、気分はいら/\するし、同行が多いし(三人)、労れてはゐるし、……さう/\にして帰庵した。
庵が、やつぱり、よろしい、さみしいけれどやすらかで。
△鮮人の子供が喧嘩してゐる。
うれしいたより、かなしいたより、黎々火君からはへちまのたね[#「へちまのたね」に傍点]。
樹明来、よい酒をのんでよい酔をえた。
昨日は新国道のよさを痛感した、――大道坦として砥の如し、――今日は石ころ道のみじめさ、――どこまで行く石ころみち。――
△この窮乏、そしてこの自由、食ふや食はずの私であるが、私は行きたいときに行きたいところへ行く、天は二物を与へないといふ、まつたくその通り。
[#ここから2字下げ]
電線といつしよに夏山越えて来た
・朝から水をのむほがらかな空
[#ここで字下げ終わり]
六月一日[#「六月一日」に二重傍線]
酔中夢なし、ほつかり覚めて、飯を炊く、そして酒を飲む。
今日一日のさびしさは飯の生煮であつた。
冬村居から青紫蘇の苗を貰うて来て植ゑる。
柿の花はおもしろいかな。
待つてゐる――敬坊来、間もなく樹明来、かしわで飲む、何といふうまさ、友情そのものの味はひだ!
敬坊の奥さんが子供をみんな連れてやつて来られた、敬坊に信用なし、奥さんに理解なし、女といふものは、妻といふものは。――
敬坊おとなしく、奥さんうれしく、樹明つゝましく、帰つてゆく、私はぽかんとしてあるだけの酒を飲む、……よかつた、よかつた、よかつた、よかつた。
[#ここから2字下げ]
・もう明けさうな窓あけて青葉
・蛙がうたうてゐる朝酒がある
肉が煮えるにほひの、赤子が泣く
めつきり夏めいて机の上の蟻も
・ながい毛がしらが
もらうてきてうゑてをくよいくもり
昨日の所得 昨日今日の買物
米 一升一合 一金十六銭 酒二合 一金弐銭 切手一枚
銭 十七銭 一金六銭 醤油二合 一金五銭 湯札弐枚
換算して一金四十一銭也。 一金九銭 ハガキ六枚 一金四銭 胡瓜苗四本
(嚢中完全に無一文なり)
[#ここで字下げ終わり]
六月二日[#「六月二日」に二重傍線]
くもり、北九州への旅立を見合せる。
樹明君が朝早く来て、飯をたべさせてくれといふ、そしてたつた一杯だけたべた、頭髪を刈り[#「り」に「マヽ」の注記]てもらふ、さつぱりした、ふたりが縁側で話してゐるところへ、やつてきた人がある、――中井吉之介さんだつた、インテリルンペンである君の話は興味ふかく尽くるところがなかつた、ムジナの話、フクロウの話、近代女性の話、マムシの話、アダリンの話、ボクチンの話、等、等、等。
私もルンペン生活をやつてきたけれど、君のそれは本格的だ。
敬坊が樹明君に托してくれた壱円で、石油を買ひ、煙草を買ひ、焼酎を飲み湯に入つた。
夜は酒と句とヨタとで賑つた、主賓吉之介、客賓樹明、不二[#「二」に「マヽ」の注記]生、主人公は山頭火、たゞし酒も魚も樹明君の贈物、酒もうまかつたが話もおもしろかつた。
[#ここから2字下げ]
明日は死なう青葉をあるきつゞける(吉之介さんに代つて)
・地べたにすわり食べてるわ
・はれ/″\酔うて草が青い
・石垣の日向の蛇のつるみつつ
・つきあたれば枯れてゐる木
・さみしいけれども馬齢[#「齢」に「マヽ」の注記]薯咲いて
[#ここで字下げ終わり]
六月三日[#「六月三日」に二重傍線]
徹夜だつたから早い、五時にはもう支度が出来た、あまり早うて気の毒だつたけれど、ルンチヤンを起す、六時のサイレンが鳴る前に二人は出立した、彼は故郷鳥取へ、私は北九州へ。
六月三日[#「六月三日」に二重傍線] から
行乞記
六月十一日[#「六月十一日」に二重傍線] まで
底本:「山頭火全集 第五巻」春陽堂書店
1986(昭和61)年11月30日第1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:小林繁雄
校正:仙酔ゑびす
2009年1月15日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全3ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング