く晴れてきた桐の花
・いちじくの葉かげがあるおべんたうを持つてゐる
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 五月十八日[#「五月十八日」に二重傍線]

雨、曇、そして晴。
昨夜はよい一夜だつた、ありがたい一夜だつた。
下松まで二里、五時間あまり行乞する。
妙見社参詣、溜池に重なりあつてゐる亀はあはれであつた、人間の利己的信仰の具象[#「人間の利己的信仰の具象」に傍点]である。
それから一里ばかり歩いて、先日、米を預けてをいた宿に泊る、村の宿[#「村の宿」に傍点]とでもいはうか、若葉につゝまれて水にのぞんでゐる、よい宿であつたが、同宿の酔漢がうるさかつた。
白蛇[#「白蛇」に傍点]――純白でなくて黄色を帯びてゐた――を見た、あまりよい気持はしなかつた。
同宿のお遍路さんの軽口のなかに、――
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水はいやお茶はにがいし
   酢醤油の外に飲みたいものがある
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その飲みたいものは、さて何でせう!
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 村の宿の印象
水のいろ、若葉のかげ
遍路の世間話、酔ひどれの口説
亭主の強さ、おかみさんの深切
空は晴れてゆく風のさわやか
 木賃料三十銭
 飯はたつぷり
 夕飯 刺身
    煮魚と菜葉
    おしたし
 朝飯 味噌汁
    おろし大根
    菜漬
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 五月十九日[#「五月十九日」に二重傍線]

早く起きて、そこらを歩く、田園の朝景色はよいかな、帰心が水の湧くやうにおこる。
徳山行乞、八時から二時まで。
今日の特種としては、下駄店の主人が間違つて、鉄鉢に入れた十銭白銅貨を返して喜ばせ、しまうたやの娘から五銭白銅貨を戴いて喜んだ事の二つであつた。
途上の買物、――
麦捍[#「捍」に「マヽ」の注記]帽子特価二十五銭、茶碗二個十銭。
帰途、白船居でコツプ酒をよばれる、白船君のよい人であるに間違はないが、奥さんもまたよい人であることに間違はない、だから白船居はいつも春風たいとうだ。
福川まで歩いて、それから汽車、徃路一日が帰途一時間だつた。
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  行乞所得
   米 一升四合
昨日
   銭 二十九銭
   米 二升
今日
   銭 五十五銭
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 五月十九日[#「五月十九日」に二重傍線]

帰庵したのが六時半、夕あかりに雑草がはびこつてゐるのに驚かされた、あやめが咲いてゐた、棗が若葉を出してゐた。
樹明君のニホヒ[#「ニホヒ」に傍線]は残つてゐたが、姿は見えなかつた(日暦が今日になつてゐたから来庵はタシカ[#「タシカ」に傍線]だ)。
塵がういてゐた、蜘蛛の囲が張りまはされてゐた、その他に別状なし、変化がないといふことはさみしくないことはない。
自分には自分の寝床がいちばんよろしい、ヤレ/\ヤレ/\といふ気持だ。
飯を炊いたら半熟! これはさみしい事実である。
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・さみしさ、半熟飯《ナカゴメ》となつたか
・たんぽゝちらんばかりへもどつてきた
・南天のしづくが蕗の葉の音
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 五月二十日[#「五月二十日」に二重傍線]

曇、晴れさうだ、ゆつくりと朝寝。
一週間のとりかたづけをする。
のんびりと食べたり、考へたり、寝たり、歩いたり。
買物に出て、俄雨に降りこめられた、焼酎一杯の贅沢。
樹明君に帰庵の挨拶をする、早速来庵、酒と下物とを持つて。
久しぶりの会飲、うれしかつた、送つて学校まで。
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 晴れるより雲雀はうたふ道のなつかしや
・ぬれるだけぬれてゆくきんぽうげ
  今日の買物
一、十五銭 石油三合
一、十五銭 焼酎一合五勺
一、十銭  若布百匁
一、八銭  醤油二合
一、八銭  赤味噌百匁
一、六銭  茹玉子二個
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 五月二十一日[#「五月二十一日」に二重傍線]

雨、ほどよい雨だつた。
昨日、樹明君が持つてきてくれた茄子苗を植ゑる。
今夜も樹明君は来てくれた、一杯やりたいな、しかし我慢する。
敬坊遂に来らず、失望々々。
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・若葉して遠く街がかくれた
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 五月二十二日[#「五月二十二日」に二重傍線]

曇、間もなく晴れた。
身辺整理がなか/\忙しい、掃除、洗濯、畑仕事。
茄子苗はうまくついたらしい、トマト苗――これは昨日樹明君が植ゑてくれた――も好結果らしい、畑を見まはり、山を眺め、雑草、若葉を賞することは、ほんとうにうれしいことだ。
柑橘の花の香がすこし強すぎて困る。
せつかく売りにきた爺さんから豆腐二丁買ふ、五厘銅貨でやつとこさ!
夕方ちよつと樹明来、落ちついた樹明を祝福する。

 五月廿三日[#「五月廿三日」に二重傍線]

晴、今朝も寝過した、六時に近
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