かな睡眠。
せい二さんに尊敬と感謝とをさゝげる。
今日は一句もなかつた、昨日数十句あつた反動かも知れない、あるも本当、ないも本当だ。
とにかくこゝろよく酔へてぐつすり眠れた。
こゝから××まで何里ありませうかと訊ねたら、
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おぢいさんは、三里近い
おばあさんは、一里半あまり
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と教へてくれたが、おぢいさんは全然落第、おばあさんはまさに及第だつた、まあ二里位といふところであつたが。
道程を訊ねると、その教へ方によつてその人の智能性情がよく解る、それはメンタルテストといつてもよいほどに。
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  今日の行乞所得
米  一升四合
銭  九銭也
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 五月十五日[#「五月十五日」に二重傍線]

曇、とう/\雨になつた、半月ぶりの雨だらう、室積の人々には、せつかくの最後の書入日が駄目になつて気の毒だが、天を怨む訳もない。
私はこゝへきてゐてよかつた、安心して今日が暮らせる!
普賢様へ詣でる、女子師範校を通りぬけて大師堂へ詣でる。
皷ヶ浦はおだやかに千鳥が啼いてゐた。
学校はひつそりと風景をそなへてゐた。
えにしだの花がしづかだ、月草がふさはしい。
買物客が右徃左徃してゐる、農具や植木や瀬戸物が多い、合羽、竹籠がよく売れる、私はたゞ見て歩いた、買ふ金もなく買ふ気もない。
明るい雨だ、私の心が明るいから。
行きあたりばつたり[#「行きあたりばつたり」に傍点]! さういふ旅が、といふよりも、さういふ生き方が私にはふさはしい。
昼食で酒四本、そして昼寝ぐつすり、何だかせい二さんの厚意に甘えてゐるやうで気が咎める。
五橋羊羮(岩国名物と自称する)を一きれ食べる、容器(竹製)も内容も日本的。
夕方から、サカモリがはじまる、M氏に好感を持つて飲み合つた、ほどよく酔うて安眠。
短冊と半切とを書きなぐつた、自分が、自分といふ人間の出来てゐないことを痛感する、かういふ場合にはいつもかういふ痛感があるのだが。
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 汐風の、すこしはなれてマブの花
・地べたべつとりと浜朝顔の強い風
・やけあと何やら咲いてゐる
・わがまゝきまゝな旅の雨にはぬれてゆく
・松のなか墓もありて
・つかれた顔を汐風にならべて曲馬団の女ら
 やたらにとりちらかしてお祭の雨となつた
 雨となつた枇杷の実の青い汐風
・山しづかにしてあそぶをんな
 つたうてきては電線の雨しづくしては
 警察署の木の実のうれてくる
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 五月十六日[#「五月十六日」に二重傍線]

まだ降つてゐる、残酒残肴を飲んで食べる、うまい/\、そしてM氏のために悪筆を揮ふ。
朝酒は身心にしみわたる、酔うて別れる、誠二さんはすでに出勤、書置を残して、そして周東美人[#「周東美人」に傍点]を連れて!
宿の奥さん、仕出屋の内儀さんの深切に厚くお礼を申上げる。
雨、雨、雨、ふる、ふる、ふる、その中を歩く、持つてきた一本を喇叭飲みする、酔ひつぶれて動けなくなつた、松原に寝ころんでゐたら、通行人が心配して、どうかなさいましたかといふ、まことに恥晒しだつた。
工合よく、近くに安宿があつたのでころげこむ、宿銭がないから(酒と煙草とは貰つてきたのがありあまるほどあるけれど)、すまないと思ひつゝ、誠二さんへ手紙を書いて、近所の子供に持たせてやつた。
誠二さんの返事はありがたかつた、すまない/\、人々に酒と煙草とを御馳走する。
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・松風のみちがみちびいて大師堂
・夏めいた雨がそゝぐや木の実の青さや
 雨音のしたしさの酔うてくる
 これからどこをあるかう雨がふりだした
 ずんぶりぬれて青葉のわたし
  室積松原の宿
木賃料  三十銭
米五合  十一銭
   中ノ上といふところ、
   飯が少ない、
   すこしうるさい、
  今日の行乞所得
米  八合
銭  九銭
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 五月十七日[#「五月十七日」に二重傍線]

霧雨、ぼうとして海も山も見えない。
松原の宿[#「松原の宿」に傍点]といふ気分はよかつた。
早朝、合羽を着て出立、島田を経て呼坂へ、そして勝間へ、行程六里。
薊が咲きつゞいてゐた、要の若葉が美しかつた。
呼坂の附近を行乞壱時間。
旧友井生君を訪ねて旧情を温めた、十年振の再会、話しても話しても話しつきない、君のよさに触れてうれしかつた。
君の祖父君は風雅人だつたといふ、さすがに家構も庭園も調度も趣味的に整頓してゐる。
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・霧雨のしつとりと松も私も
 茨がもう咲いてゐる濁つた水
・ふつたりやんだりあざみのはなだらけ
・あやめあざやかな水をのまう
 なにがなしラヂオに雑音のまじるさへ
・晴れさうな水が湧いてゐる
・うごいて蓑虫だつたよ
 やうや
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