かつた。
腹工合が悪いので、行乞は止めにして、洗濯したり畑仕事をしたり、読書したり執筆したりして暮らした。
蕗の佃煮をこしらへる、私の好物である。
裏畑の麦を刈る音、梅をもぐ声、のどかである。
たしかにほとゝぎすが啼いた、若い調子で。
机の場所を変へる、もう蚊帳を吊らなければならなくなつたから、書斉[#「斉」に「マヽ」の注記]を表の四畳半から後の三畳へ移したのである。
アルコールなしの門外不出が三日つゞいた、努めてさうしたのではないが、しようことなしに、いや、おのづからさうなつたのだ。
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窓へのぞいて柿の若葉よ
播いてゐるときほとゝぎす
・ほとゝぎすがなけば鴉も若葉のくもり
身のまはりかたづけてさみしいやうな
仲よく空から梅をもいでは食べ
・伸びぬいて筍の青空
・あてなくあるくや蛇のぬけがら
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どうしても寝つかれないで、とう/\徹夜してしまつた。
井生君から貰つてきた改造と中央公論とを読んで、いろ/\の事を考へないではゐられなかつた、殊にその一つのもの[#「その一つのもの」に傍点]と転換時代[#「転換時代」に傍点]とはその熱力と意気とで私をうつた、私は今更のやうに私の生活について、存在の意義について考へた、今更どうなるものでもないけれど。――
私の句作には私だけの価値、私の生存には私だけの意味があることを私は信じてゐる、信じてはゐるが、同時に私は私といふ人間があまりにみすぼらしいことを恥ぢてゐる、――かういふ私をほんとうに理解してくれる友は誰か!
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いつぞやの鉄鉢の句訂正
・霰、鉢の子の中の
冬村君新婚の祝句として
・青葉に青葉が二つのかげ
・竹の子の竹になつてならんでゐる
・空は皐月の、一人ではない
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五月廿四日[#「五月廿四日」に二重傍線]
今朝も早いも遅いもなかつた、ちつとも眠れなかつたのだから。
老いて眠れない、老いて眼がよくない、――老境しみ/″\だ。
どうも私はクヨ/\しすぎる、ケチ/\しすぎる、ゆうようとして生きろ。
今日も行乞はダメ、新聞を隅から隅まで読む、やめてゐたのだけれど、T配達が好意を持つて、持つてきてくれるのである、とにかく新聞と現代生活とは一日も離れられない。
午後は果して雨となつた、しめやかな雨だ、たま/\発見した十銭白銅一つを持つて出かける、地下足袋を穿いて。
四日ぶりの外出、そして一浴一杯、いつでも湯はいゝな、酒はいゝな、だから、銭はほしいな!
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朝が待ち遠い鳥の一声二声で
夜明けの水くめばそこら花のにほひ
・くもりおもたく蛙のなく
小鳥なくや、ひとりごといふ
ひさ/″\もどればやたらに虫が(追加)
・伸びるがまゝの雑草の春暮れんとす
・ひつそり暮れるよ蛙が鳴くよ
[#ここで字下げ終わり]
五月廿五日[#「五月廿五日」に二重傍線]
雨、あがりさうであがらなかつた。
行乞には出かけられない、もう物資が乏しくなつたのに。
あざみをあやめに活けかへる、『見かけはつらき鬼薊、さわれば露の一しづく』か。
裏の雑草の中から、小さい筍が一本、によこりと伸び出てゐた、すまないとは思つたが、煮て食べた、うまくはなかつたが新鮮を味つた。
小鼠の悪戯には困る、一枚しか持たない蒲団の綿をかぢつたり、三八九をかぢつたりする。……
蚊帳の用意は出来てゐたが、今夜から吊りはじめた、昨日は百足が顔を這ふのに驚ろいて眼が覚めた、山家は虫の多いのに閉口する。
今日はいちにち無為無言[#「無為無言」に傍点]だつた。
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・あけたてもぎくしやくとふさいでゐる
・雀がころげる草から草へ
・によこりと筍こまかい雨ふる
・雨ふるあやめで手がとゞかない
・葉かげ黒い蝶
・ほきりとたんぽゝの折れてゐる花
・青葉の雨のしんかんと鐘鳴る
・壁に夜蜘蛛がぴつたりとうごかない
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△酒についての覚書の一つ、――
うまい酒、酔ふ酒であらねばならない、にがい酒、酔はない酒であつてはならない。
五月廿六日[#「五月廿六日」に二重傍線]
曇、后晴れて風が出た、時々雨がふつた。
御飯を炊いてゐると、聞き覚える[#「る」に「マヽ」の注記]のある、そして誰とも思ひだせない声がする、出て見たら、意外にも義庵老師であつた、上京の帰途、立ち寄られたのである、いろ/\話してゐるうちに熊本がなつかしうなつた。
お茶もないし、何も差上げるものがないので、S店へ走つてビールと鑵詰と巻鮨とを借りて来て、朝御飯を食べて貰つた。
八時の汽車に間にあふやう、駅近くまで見送つていつた。
樹明君がやつてきて、冬村新婚宴はいよ/\今晩だといふ、うんと飲んで面白く騷がう。
もう米がなくなつたから
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