、気はすゝまないけれど陶行乞、五時間ばかり歩きまはつた。
[#ここから2字下げ]
米 二升四合
銭 十七銭(外に樹明君が色紙代として二十銭喜捨)
[#ここで字下げ終わり]
今日の買物はよかつた。――
[#ここから2字下げ]
一金七銭 色紙二枚
一金六銭 焼酎五勺
一金十一銭 バツトとなでしこ
一金九銭 ハガキ六枚
一金三銭 草鞋一足
[#ここで字下げ終わり]
六時のサイレンをきいてから樹明居へ出かける、風呂に入れて貰つて、同道して冬村居へ、めでたし冬村君、冬村君御馳走でした、酔うてふらふらして戻つて、そのまゝごろりと寝てしまつた。
[#ここから3字下げ]
祝句
空はさつきの、一人ではない
青葉に青葉がふたつのかげ
[#ここで字下げ終わり]
端午が近づいた、笹の葉を活けて粽をの[#「の」に「マヽ」の注記]しのぶ。
馬刀貝を食べつゝ旦浦時代の追憶にふける。
五月廿七日[#「五月廿七日」に二重傍線]
海軍記念日、上々吉の天気、のんびりした一日だつた。
朝、不三生さんが蜊貝をどつさり持つてきてくれた、しばらく話してゐるところへ樹明君、昨夜の酔態を話しあふべく来庵。
私も昨夜の着物の泥を落すのに苦心した、やかましくいふ人がゐないやうに、やさしくしてくれる人もゐない。
神保さんがくる、豆腐屋さんがくる、今日は賑やかだつた。
物資缺乏、もう塩までなくなつてしまつた、明日はどうでも山口行乞をしなければなるまい。
[#ここから3字下げ]
青葉から電燈線へ蜘蛛の囲
大盃の梅の花を飲む(冬村新婚宴)
[#ここで字下げ終わり]
五月廿八日[#「五月廿八日」に二重傍線]
曇、……行乞は見合せる。……
旧暦の端午である、在来の年中行事は旧暦でないと、季節的に本当でない、したがつて、気分的にも気乗がしない。
朝から、神保さんがやつてきて茶摘みに精出してゐる。
朝は塩気なしですましたが、昼は前のF家から茶碗に一杯の醤油を借りて菜葉を煮る(神保さんが借りてきてくれた、多謝々々)。
昼御飯の仕度をしてゐるところへ、樹明君さうらうとしてやつてくる、酒はつゝしむべきかなと私を悲しませる、そして私をして学校の給仕を通して奥さんに嘘を吐かなければならないやうにした!
昼寝は悪くないけれど、今日の昼寝は長すぎた。
夕方また雨となつた。
寝て起きた樹明君がおとなしく――みすぼらしく帰つた、お互に共通の弱点を持つてゐるのだから、その切なさはよく解る、よく解るだけそれだけ、私自身に鞭つ意味に於て、君に苦言を呈せざるを得ない(伊東君に対しても同様だ)。
石油がなくなつたから、そして買ふことが出来ないから、暮れると直ぐ寝た、寝た方がよい、読むよりも、考へるよりも。
こゝ二三日、どういふものか句が出来ない、それもよからう。
五月廿九日[#「五月廿九日」に二重傍線]
曇つてはゐるけれど、今日はどうしても行乞しなければならない、ずゐぶん早く起きたが、あれこれ手間取つて、出かけたのは六時すぎだつた、九時から二時まで山口市街行乞、それからまた歩いて帰庵、徃きの三里は何でもなかつたけれど、帰りの三里は少々こたえた、幸にして焼酎といふ元気回復薬を飲んだけれど。――
ほんとうに久しぶりに草鞋を穿いた、草鞋でアスフアルトの新国道を歩みしめてゆく心持はよかつた。
山口で、ゆくりなく、川棚温泉で昨夏相識の坊さんに邂逅した、彼は俗坊主だけれど、憎めない人間だ。
帰庵して、胡瓜苗を植ゑ、唐辛苗を植ゑ、種生薑を植ゑ、月見草を植ゑた、イヤハヤ忙しい事。
そしてまた、街へ出かけた、今夜なくてはならない物を買ふために。
[#ここから2字下げ]
今日の行乞所得
銭 六十八銭
合計金九十弐銭
米 一升一合
今日の買物
種生薑 百匁七銭
一金十五銭
胡瓜苗六本五銭、唐辛苗七本三銭
一金十七銭 焼酎壱合五勺
一金八銭 石油二合
一金五銭 醤油一合
一金五銭 塩
一金四銭 なでしこ
一金九銭 ハガキ六枚
・月草を植ゑて一人
・鉢の子の米の白さよ
・注連を張られて巌も五月
・初夏や人は水飲み馬は草喰み
二句追加
・うごかない水へ咲けるは馬酔木の花で
・ゆく春の身のまはりいやな音ばかり
[#ここで字下げ終わり]
五月三十日[#「五月三十日」に二重傍線]
晴、けふも山口へ、十時前から二時過まで行乞、帰途、湯田温泉浴、蓮芋の苗を買うて戻る。
山口の山はさすがによろしい、ことに糸米あたりの山がよろしい、中学時代のおもひでがそこらに残つてゐた、後河原の葉桜もうれしかつた、よくそのあたりを歩いたものだ。
伊勢神楽がおどつてゐた、私と同様に時代錯誤的産物の一つだ、はかないをかしさ[#「はかないをかしさ」に傍点]を覚える。
たま/\鏡にうつつた顔
前へ
次へ
全7ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング