注記]酒が残つてをつてさへ、気にかゝつて寝られないのに、何と酒屋は横着な、六尺の酒桶《コガ》を並べといて平気でゐられたもんだ、――酒に『おあづけ』はない!
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・朝の水で洗ふ
・樹影雲影に馬影もいれて
こゝでしばらくとゞまるほかない山茶花の実
・草を刈り草を刈りうちは夕餉のけむり
・夕焼、めをとふたりでどこへゆく
・いつさいがつさい芽生えてゐる
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樹明さんと夕飯をいつしよに食べるつもりで、待つても待つてもやつてきてくれない(草刈にいそがしかつたのだ)、待ちくたびれて一人の箸をとつた、今晩の私の食卓は、――例のかしわ、おろし大根、ひともじと茗荷、福神漬、らつきよう、――なか/\豊富である、書き添へるまでもなく、そこには儼として焼酎一本!
食事中にひよつこりと清丸さん来訪、さつそく御飯をあげる(炊いてはおそくなるから母家で借りる)、お行儀のよいのに感心した、さすがに禅寺の坊ちやんである。
今夜は此部屋で十日会――小郡同人の集まり――の最初の句会を開催する予定だつたのに、集まつたのは樹明さん、冬村さんだけで(永平さんはどうしたのだらう)、そして清丸さんの来訪などで、とう/\句会の方は流会となつてしまつた、それもよからうではないか。
みんなで、上郷駅まで見送る、それ/″\年齢や境遇や思想や傾向が違ふので、とかく話題がとぎれがちになる、むろん一脉の温情は相互の間を通うてはゐるけれど(私としては葡萄二房三房あげたのがせい/″\だつた)。
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送別一句
また逢ふまでのくつわ虫なく(駅にて)
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焼酎のたゝりだらう、頭が痛んで胃が悪くなつた、じつさい近頃は飲みすぎてゐた、明日からは慎まう。
九月十一日
曇、夕方から雨、ほんとうに今年は風が吹かない。
ふつと眼がさめたのが四時、そのまゝ起きる、御飯をたいて御経をあげて、そしたらやつと夜が明けた。
昨日、隣家の店員から貰つた鶏頭を活ける、野趣横溢、日本式の鶏頭は好きだ。
彼は与へすぎる、私は受けすぎる、与へて情におもねるなかれ、受けて恩になれるなかれ。
しんじつ、けさの御飯はおいしかつた。
中領八幡宮へ参詣する、あまり好意は持てない。
郡市主催の蓄産共進会[#「蓄産共進会」はママ]見物、馬と牛と人とが、こゝでは、少くとも、同権同勢だ、手[#「手」に「マヽ」の注記]並のうつくしさ、動物の若さのほがらかさ。
産地熊本県と名札にかいてあるのにも郷愁に似たものをそゝられました。
昼寝でいやな、といふよりも、きたない夢[#「きたない夢」に傍点]をみた。
樹明さんが、鮒のあらいを芋の葉につゝんで草刈そのままの服装で持つてきて下さつた、たいへんうれしかつた。
清丸さんを見てから、しきりに彼の事が気にかゝる、彼が私の生活にこんなにもくひいつてゐようとは予期しなかつた、それは彼が彼の生活にくひいつてゐないやうに。
私はどんづめのどたんば[#「どんづめのどたんば」に傍点]では落ちついてゐるだらう、本来無一物でなくて、即今無だから!
私のつけた辛子漬《カラシヅケ》はうまい、それは必ずしも辛子代、私の手間代、彼の労力に対してではない。
よい釣場を見つけたが、雑魚一ぴきも釣れなかつた。
案山子二つ、一つは赤い、一つは白い着物をきてゐた、赤い、……白い。……
あれやこれやと考へまはしてゐるうちに、すこしセンチになつた、そのためでもなからうが、――クシとブトウ!
今日は暑かつた、むしあつかつた、ぢつとしてゐて、『一番つまらないのが百姓』である話を聴いた。
といつたつて、そのせい[#「せい」に傍点]でもあるまいが、私は野菜と肉類らしくない肉類を味つてゐる、あれもよし、これもよし、それでさつぱす[#「ぱす」に「マヽ」の注記]る。
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雑草めい/\の花を持ち百姓
お祭ちかい秋の道を掃いてゆく
かつちり時間あつてゐる曇の日のドン
萩の一枝に日がある
曇り、時計赤い逢ふ
・とかくして秋雨となつた
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雨、こほろぎ(彼の納所坊主でもたづねますか)。
食べるものが無くなつてくるから、松茸、うまからう。
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降つてゐる、鳴いてゐる、けさも早かつた。
昨日の日記を読んで驚いた、それは夢遊病者の手記みたいだつた(前半はあれでもよからう)、アルコールの漫談とでもいはうか、書かなくてもよい事が書いてある代りに、書かなければならない事が書いてない、どうせ反古になるのだから、どうでもよいやうなものゝ、このまゝにしてをくことは私の潔癖が許さない。
事実そのものはかうである。――
今日は魚釣にゆかうかとも思つてゐたが、読書することに心が傾いたので読書してゐた、しかし何としても頭がいたいので、夕方、それは四時すぎだつた、ぶらりと釣竿と魚籠《ビク》とを持つて出かけた、そして草の上の樹蔭によい場所があつたので、そこへしが[#「しが」に「マヽ」の注記]んで、釣ることよりも考へることをつゞけてゐた、ちつとも釣れない、やうやく雑魚一尾釣りあげたきりなので、見切をつけて戻つてくる、樹明さんが待つてゐた、草刈の寸暇をぬすんで(草刈男、墓刈番は[#「墓刈番は」はママ]こちらにあります)、鮒の洗身を持つてきて下さつた。
やあ、やあで十分である、それだけで一切が通じる、草刈姿と芋の葉と鮒、――日本的百パアである。
例によつて一杯のんだ(焼酎二合)、そして別れた。
……ふと眼がさめて見たら十時半だつた、本式に寝て、二度目の眼がさめたのが四時、それからそれへ。……
昨夜、樹明兄を見送つて、日記を書きはじめたのは覚えてゐる、書いてゐるうちに前後不覚になつたらしい。
意識がなくなる、といつては語弊がある、没意識[#「没意識」に傍点]になるのである(それは求めて与へられるものぢやない、同時に、拒んで無くなるものでもない)。
その日記を通して自己勘検をやつてみる。
案山子二つ、……赤いとあるだけではウソだ。
その前のところに、――即今無――とある、無意味だ、といふよりも缺陥そのものだ、無無無[#「無無無」に傍点]といつた方がよいかも知れない、とにかくムーンだから!
辛子漬《カラシヅケ》云々は、私といふ人間が御飯ぐらゐは炊けることを証明した事実である。
雑草の句の下の文句が百姓とあるのは、用意のない嫌味だ、それだけに却つて嫌味たつぷり。
お祭の句なんどは全然問題にならない。
その他の句は、長門峡とか、時計とか赤いとか、何とかかとかうるさいばかりだ。
昨日の今日で頭がわるくない、痔もわるくない、腹も胃も、手も足も、――あゝすこしばかり行乞流転したい。
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改
お祭ちかい朝の道を大勢で掃いてゆく
・萩の一枝にゆふべの風があつた
曇り日の時計かつちりあつてゐる
案山子、その一つは赤いべゞ着せられてゐる
改訂再録
・とかくして秋雨となつた
鶏頭の赤さ並んでゐる
・咲いて萩の一枝に風がある
けふからお祭の朝の道みんなで掃く(改)
・芋の葉でつゝんでくれた小鮒おいしい
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九月十二日
晴曇不定、厄日前後らしい天候である。
昨夜は蚊帳を吊らなかつた、昼でも障子を締めてをく方がよい時もある。
自己勘検は失敗だつた、裁く自己が酔ふたから!
樹明兄から米を頂戴した、これで当分はヒモじい目にあはないですむ、ありがたや米、ありがたや友。
慎[#「慎」に傍点][#レ]独[#「独」に傍点]――自己を欺かない、といふことが頻りに考へられた、一切の人間的事物はこれを源泉としなければならない。
古浴衣から襦袢一枚、雑巾二枚を製作した。
夕ぐれを樹明来、蒲鉾一枚酒一本で、とろ/\になつた。
今日の水の使用量は釣瓶で三杯(約一斗五升)。
近来少し身心の調子が変だ、何だかアル中らしくもある(たゞ精神的に)。
今夜も楽寝[#「楽寝」に傍点]だつた。
九月十三日
起きたい時に起き、寝たい時に寝る、食べたくなれば食べ、飲みたくなれば飲む(在る時には――である)。
今日は三時起床、昨夜の残滓を飲んで食べる。
何といつても朝酒はうまい、これに朝湯が添へば申分なし。
今朝の御飯はよく炊けた(昨朝の工合の悪さはどうだつた)。
よく食べた、そして自分の自炊生活を礼讃した、その一句として、一粒一滴摂取不捨[#「一粒一滴摂取不捨」に傍点]。
めづらしい晴れ、とき/″\しぐれ、好きな天候。
摘んできて雑草を活ける、今朝は露草、その瑠璃色は何ともいへない明朗である。
母家の若夫婦は味噌を搗くのにいそがしい、川柳的情趣。
白船老から来信、それは私に三重のよろこびをもたらした、第一は書信そのもの、第二は後援会費、第三は掛軸のよろこびである。
蛇が蛙を呑んだ、悲痛な蛙の声、得意満面の蛇の姿、私はどうすることもできない、どうすることはないのだ!
廃人が廃屋に入る[#「廃人が廃屋に入る」に傍点]、――其中庵の手入は日にまし捗りつゝあると、樹明兄がいはれる、合掌。
昼御飯をたべてから、海の方へ一里ばかり歩いて、五時間ほど遊んだ、国森さんの弟さんに逢ふ(必然の偶然とでもいはうか)、蜆貝をとつてきて一杯やる。
夜、樹明兄来庵、ちよんびり飲んでから呂竹居へ、呂竹老は温厚そのものといへるほど、落ちついた好々人である、楽焼数点を頂戴する、それからまた二人で、何とかいふ食堂で飲む、性慾、遊蕩癖、自棄病が再発して困つた、やつと抑へつけて、戻つて、寝たけれど。――
女房といふものは、たとへば、時計に似たところがある、安くても、見てくれはよくなくても、きちんとあつてをればよろしい、困るのは故障の多い品、時計屋をよろこばせて亭主は泣く、ヒチリケツパイ。
[#ここから2字下げ]
・夜あけの星がこまかい雨をこぼしてゐる
・鳴くかよこほろぎ私も眠れない
星空の土へ尿する
・並木はるかに厄日ちかい風を見せてゐる
秋晴れの音たてゝローラーがくる
□
・二百二十日の山草を刈る
□
・秋の水ひとすぢの道をくだる
すわればまだ咲いてゐるなでしこ
・かるかやへかるかやのゆれてゐる
ながれ掻くより澄むよりそこにしゞみ貝
・水草いちめん感じやすい浮標《ウキ》
□
月がある、あるけばあるく影の濃く
追加三句
おもたく昼の鐘なる
子を持たないオヤヂは朝から鳩ぽつぽ
・こほろぎよ、食べるものがなくなつた
[#ここで字下げ終わり]
いやな夢ばかり見てゐる。……
唖貝(煮ても煮えない貝)はさみしいかな。
根竹の切株を拾ふ、それはそのまゝ灰皿として役立つ。
[#ここから2字下げ]
・別れて月の道まつすぐ
[#ここで字下げ終わり]
九月十四日
晴、多少宿酔気味、しかし、つゝましい一日だつた。
身心が燃える[#「身心が燃える」に傍点](昨夜、脱線しなかつたせいかも知れない、脱線してもまた燃えるのであるが)、自分で自分を持てあます、どうしようもないから、椹野川へ飛び込んで泳ぎまはつた、よかつた、これでどうやらおちつけた。
菜葉二銭[#「菜葉二銭」に傍点]、半分は煮て食べ、半分は塩漬にした(私はあまり芋類豆類を好かない)。
漬物石の代りには、一升徳利に水を詰めたのがよろしい、軽重自在、ぴつたりしてゐる。
お祭の旗や提灯がちらほら[#「ちらほら」に傍点]見える。
あゝ、雑草のうつくしさ[#「雑草のうつくしさ」に傍点]よ、私は生のよろこびを感じる。
そこの柿の木にいつも油蝉がゐる、まいにち子供がきてはとる、とつてもとつても、いつもゐる、不思議な気がする。
いつもリコウでは困る、時々はバカになるべし(S君に)。
イヤならイヤぢやとハツキリいふべし、もうホレタハレタではない(彼女に)。
大きな乳房[#「大きな乳房」に傍点]だつた、いかにもうまさうに子が吸うてゐた、うらやましかつた、はて、私と
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