れば訪ねてくる人もない現在の境涯だ、たゞ歩くのである、たゞ歩く外ないから。――

 七月廿九日

朝曇、日中は照りつけるだらう。
修證義読誦、芭蕉翁発句集鑑賞、その気品の高いことに於て、純な点に於て、一味相通ずるものがある、厳かにして親しみのある作品といふ感じである、約言すれば日本貴族的[#「日本貴族的」に傍点]である。
みんなよく水瓜を食べる、殊に川棚水瓜だ、誰もが好いてゐる、しかし私の食指は動かない、それだけ私は不仕合せだ。
隣室の旅人[#「旅人」に傍点](半僧半俗の)から焼酎と葡萄とをよばれる、久振にアルコールを飲んだので、頭痛と胃痛とで閉口した。
私はたしかにアルコールから解放された、ニコチンからも解放されつゝある、酒を飲まなくなり、煙草も喫はなくなつたら、さて此次は何をやめるか!
山百合、山桔梗、撫子、苅萱、女郎花、萩、等等等、野は山はもう秋のよそほひをつけるに忙しい。
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とんぼくはえてきた親つばめ子つばめ
あをむけば蜘蛛のいとなみ
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 七月三十日

晴、晴、晴、一雨ほしいなあ!
緑平老から来信、それは老の堅実を示し、同時に私の
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