だ梅雨模様である、もう土用が近いのに。
今日も、待つてゐる手紙がない、旅で金を持たないのは鋏をもがれた蟹のやうなものだ。手も足も出ないから、ぼんやりしてる外ない、造庵工事だつて、ちつとも、捗らない、そのためでもあるまいが、今日は朝から頭痛がする。……
山を歩く、あてもなしに歩きまはつた、青葉、青葉、青葉で、ところ/″\躑躅の咲き残つたのがぽつちりと赤いばかり。
めづらしく句もない一日[#「句もない一日」に傍点]だつた、それほど私の身心はいぢけてゐるのだらうか。

 七月十五日

一切憂欝、わづかに朝湯が一片の慰藉だ。
たゞ暑い、空つぽの暑さだ。
南無緑平老菩薩、冀はくは感応あれ。
[#ここから2字下げ]
・暑く、たゞ暑くをる
・蜩のなくところからひきかへす
・あすはよいたよりがあらう夕焼ける
    □
・食べるもの食べきつたかなかな
[#ここで字下げ終わり]
夕の散歩で四句ほど拾ふたが、今年はじめて蜩を聴いたのはうれしかつた、峰と峰とにかこまれたゆふべの松の木の間で、そこにもこゝにも蜩がしづかにしめやかに鳴きかはしてゐた(みん/\蝉は先日来いくたびも聴いたが)。

 七月十六日


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