自分の手が恥づかしかつた、何と無力な、やはらかな、あはれな手だらう。
私は貧乏を礼讃するものではない、しかし私は私の貧乏に感謝しなければなるまい、私は貧乏のおかげで、食物の好き嫌ひがなくなつた、何でもおいしくいたゞくことができるやうになつた、そして貧乏のおかげで今日まで生き存らへることが出来たのである、若し私が貧乏にならなかつたならば、私は酒を飲みたいだけ飲んで、飲みすぎつゞけて、そのために死んでしまつたであらうから。
隣室の話[#「隣室の話」に傍点]はなか/\興ふかく聞かれる、――農家の爺さん婆さんが大きな声で、ねち/\と話しあつてゐる、――働けるだけ働いて、働いても働いても借金がふえるばかり、息子がいふ事をきかないで(世の中に孫ほど可愛いものはないさうな)目先の流行ばかり追うてゐる、あの家の主人が嫁をまた貰ふさうな、四度目の結婚と三度目の結婚で、子供が男に二人、女に三人、それがいつしよになつたら、さぞや面倒だらう、――といつたやうな話。
今日は日曜日のお天気で浴客が多かつた、大多数は近郷近在のお百姓連中である、夫婦連れ、親子連れ、握飯を持つて来て、魚を食べたり、湯にいつたり、話した
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