梅雨季は梅雨季らしい方を好いてゐる、行乞が出来ないので困ることは困るけれど。
昨日の夕方、私に下関への道を訊ねたルンペン(東京から歩いてきたといつた、歯切れのいゝ中年男だつた)の顔が、どういふ訳からか、今日まざ/\と思ひ浮べられた。
午前は松谷の松原を散歩した、一句も拾へなかつたが、石を一つ拾つた。
昨日今日はまことにきゆう/\うつ/\である、酒の代りにがぶ/\茶を飲み、たび/\湯にはいつた。……
酒をやめるよりも煙草はやめにくいといふ、まつたくその通りだ、胃さへいつぱいならば、酒を忘れてゐられるが、煙草は、手を動かし足を動かし、食べるたびに飲むたびに、歩く時も寝てゐる時も、一服やりたくなつて、やらずにはゐられない。
貧しさと卑しさとは仲のよい隣同士であることを体験した。
しばらくおたよりがないから気にかゝる、とI君がいつてきた(三日間ハガキを出さないものだから)、ハガキを買ふ銭もない、とは私の口からはいへない、それでなくても私は、貧乏を売物にしてゐるやうな気がして嫌でならないのだ、嘘をいふのは嫌だが、此場合、本当をかくことは私の潔癖が、或は見得坊が許さない、明日でも金が手に入つたら、
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