の注記]寺境内、雪舟築くところ――を改めて鑑賞する、自然を活かす[#「自然を活かす」に傍点]、いひかへれば人為をなるたけ加へないで庭園とする点に於てすぐれてゐると思ふ、つゝじとかきつばたとの対照融和である(萩が一株もう咲いてゐた)。
門前の老松もよいが、大タブもよい、その実はうれしいものだ。
午後はあてどもなく山から山へ歩く、雑草雑木[#「雑草雑木」に傍点]が眼のさめるやうなうつくしさだ、粉米のやうな、こぼれやすい花を無断で貰つて帰つた。
おばさんが筍を一本下さつた、うまい、うまい筍だつた、それほどうまいのに焼酎五勺が飲みきれなかつた!(明日は間違なく雨だよ!)
ほんたうに酒の好きな人に悪人がゐないやうに、ほんたうに花を愛する人に悪人はゐないと思ふ。
改造社の俳句講座所載、井師の放哉紹介の記録を読んで、放哉は俳句のレアリズムをほんたうに体現した最初の、そして或は最大の俳人であると今更のやうに感じたことである。
『刀鋒を以て斬るは敗る、刀盤を以て斬るは勝つ』捨身剣[#「捨身剣」に傍点]だ、投げだした魂の力を知れ。
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緑平老に
・ひさしぶり逢へたあんたのにほひで(彼氏はドクトルなり)
□
・梅雨晴の梅雨の葉のおちる
□
蠅取紙
・いつしよにぺつたりと死んでゐる
・山ふかくきてみだらな話がはづむ
・山ふところのはだかとなる
・のぼりつくして石ほとけ
・みちのまんなかのてふてふで
・あの山こえて女づれ筍うりにきた
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晩に土落《どろおと》し(田植済の小宴)、の御馳走を頂戴した(御相伴といふ奴だ)、煮しめ一皿、まだ飯一椀、私に下さる前に、牛が貰つたか知ら!(此地方は山家だから牛ばかりだ)
今朝はめづらしくどこからも来信がなかつた、さびしいと思つた、かうして毎日々々遊んでゐるのはほんたうに心苦しい、からだはつかはないけれど、心はいつもやきもきしてゐる、一刻も早く其中庵が建つやうにと祈つてゐる。……
近頃また不眠症にかゝつて苦しんでゐる、遊んで、しかも心を労する私としては、それは当然だらうて。
六月廿七日 同前。
曇、梅雨らしく。
朝蜘蛛がぶらさがつてゐる、それは好運の前徴だといはれる、しかし、今の私は好運をも悪運をも期待してゐない、だいたい、さういふものに関心をあまり持つてゐない、が、事実はかうだつた、東京から送金して貰つた、同時に彼女から嫌な手紙を受取つたのである。
二三日前からの寝冷がとう/\本物になつたらしい、発熱、倦怠、自棄――さういつた気持がきざしてくるのをどうしようもない。
小串へ出かける、月草と石ころとを拾うてきた、途中、老祖母の事が思ひだされて困つた、父と私と彼女と三人が本山まゐりした時の事が、……八鉢旅館の事、馬の水[#「馬の水」に傍点]の事。……
近来、妙な句ばかり出来る、私も老いぼれたのかも知れない、まだ老いぼれるには早すぎるが!
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・安宿のざくろたくさん花つけた
□
・六月六日、こゝにおちついた雨(追加)
蠅取紙
・大きな声で死ぬるほかない
鑿泉工事
・掘りさげる土の底からふきあがる
鮮人ルンペン
拾ふことの、生きることの、袋ふくれる
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六月廿八日 同前。
晴、時々曇る、終日不快、万象憂欝。
不眠が悪夢となつた、恐ろしい夢でなくて嫌な夢だから、かへつてやりきれない。
何もかも苦い、酒も飯も。
最後の晩餐[#「最後の晩餐」に傍点]! といふ気分で飲んだ、飲めるだけ飲んだ、ムチヤクチヤだ、しかもムチヤクチヤにはなりきれないのだ。
何といふみじめな人間だらうと自分を罵つた、――こんなにしてまで、私は庵居しなければならないのでせうか――と敬治君に泣言を書きそへた。
六月廿九日
晴、寝床からおきあがれない、悪夢を見つゞける外ない自分だつた。
寝てゐて、つく/″\思ふ、百姓といふものはよく働らくなあ、働らくことそのことが一切であるやうに働らいてゐる。
私は悔恨の念にたへなかつた。
六月卅日 同前。
曇、今日も門外不出、すこしは気軽い。
あさましい夢を見た(それは、ほんとうにあさましいものだつた、西洋婦人といつしよに宝石探検に出かけて、途中、彼女を犯したのだ!)。
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・かつと日が照り逢ひたうなつた
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私は、善良な悪人[#「善良な悪人」に傍点]に過ぎない。……
△ △ △ △
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自戒三条
一、自分に媚びるな
一、足らざるに足りてあれ
一、現実を活かせ
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いつもうまい[#「うまい」に傍点]酒を飲むべし、うまい酒は多くとも三合を超ゆるものにあらず、自他共に喜ぶなり。
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