た、田部、岡林及、岡町行乞、往復六里、少々草臥れた。
朝の早いのは、私自身で感心する、今日も四時起床、一浴、読経回向、朝食、――六時まへに出立して三時すぎにはもう戻つて来た、山頭火未老!
今日の行乞相(十日目の行乞である)はよほどよかつたが、おしまひがすこしすなほでなかつた、反省すべし。
途中、菅生のところ/″\にあやめが咲いてゐた、『あやめ咲くとはしほらしや』である、山つゝじを折つてきた、野趣(山趣?)横溢、うれしい花である。
九州地方はよく茶をのむ、のみすぎる方だらう、隣家のものがちよつと来てもすぐ茶をくむぐらゐ、本県人、概して中国人はあまり茶をのまない、普通ならば、茶でも出さなければならない場合でも、ださないですましてゐる。
此地方には馬は見あたらない、牛ばかりだ、牛を先立てゝ、ゆつたりと歩いてゆく農夫の姿は、山村風景になくてはならないものだ。
此宿は気安くて深切で、ほんたうによろしいけれど、子供がうるさい、たつた一人の孫息子で、母親が野良仕事に精出すので、おばあさんが守をしてゐるが、彼女も忙しくて、そして下手糞だ、のみならず、此孫息子はかなりのヂラ(方言、駄々ツ児と同意義)、いやはや、よく泣く、泣く、誰よりも、それが私に徹[#「徹」に「マヽ」の注記]える、困る、ほんたうに困る。
笠から蜘蛛がぶらさがる、小さい可愛い蜘蛛だ、彼はいつまで私といつしよに歩かうといふのか、そんなに私といつしよに歩くことが好きなのかよ。
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・梅雨の満月が本堂のうしろから
・傾いた月のふくろうとして
□
けふから田植をはじめる朝月
・朝の虫が走つてきた
・朝月にもう一枚は植ゑてしまつた
・炎天の影ひいてさすらふ
さみしい道を蛇によこぎられる
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今夜は行乞所得で焼酎を買ふことが出来た(十方の施主、福寿長久であれ、それにしても浄財がそのまゝアルコールとなりニコチンとなることは罰あたりである)、そしてほろ[#「ほろ」に傍点]/\酔ふた(とろ[#「とろ」に傍点]/\まではゆけなかつた、どろ[#「どろ」に傍点]/\へは断じてゆかない)。
六月廿日 同前。
雨、梅雨もいよ/\本格的になつた、それでよい、それでよい、終日閉ぢ籠つて読書する、これが其中庵だつたら、どんなにうれしいだらう、それもしばらくのしんぼうだ、忍辱精進、その事、その事。
雨につけ風につけ、私はやつぱりルンペンの事を考へずにはゐられない、家を持たない人、金を持たない人、保護者を持たない人、そして食慾を持ち愛慾を持ち、一切の執着煩悩を持つてゐる人だ!
ルンペンは固より放浪癖にひきずられてゐるが、彼等の致命傷は、怠惰[#「怠惰」に傍点]である、根気がないといふことである、酒も飲まない、女も買はない、賭博もしない、喧嘩もしない、そしてたゞ仕事がしたくない[#「仕事がしたくない」に傍点]、といふルンペンに対しては長大息する外ない、彼等は永久に救はれないのだ。
今日も焼酎一合十一銭、飛魚二尾で五銭、塩焼にしてちびり/\、それで往生安楽国!
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・夏めいた灯かげ月かげを掃く
・障子に箒の影も更けて
・わいてあふれるなかにねてゐる
・生えてあやめの露けく咲いてる
□
・重さ、かきなやむ四人の大地
魚店風景
ならべられてまだ生きてゐる
□
・笠ぬげば松のしづくして
□
・しぼんだりひらいたりして壺のかきつばた
・こゝろふさぐ夜ふけて電燈きえた(事実そのものをとつて)
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六月廿一日 同前。
昨夜来の風雨がやつと午後になつてやんだ、青葉が散らばり草は倒れ伏してゐる。
水はもう十分だが、この風では田植も出来ないと、お百姓さんは空を見上げて嘆息する。
私にはうれしい手紙が来た、それはまことに福音であつた、緑平老はいつも温情の持主である。
自分でも気味のわるいほど、あたまが澄んで冴えてきた、私もどうやら転換するらしい、――左から右へ、――酒から茶へ[#「酒から茶へ」に傍点]!
何故生きてるか、と問はれて、生きてるから生きてる[#「生きてるから生きてる」に傍点]、と答へることが出来るやうになつた、此問答の中に、私の人生観も社会観も宇宙観もすべてが籠つてゐるのだ。
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これで田植ができる雨を聴きつゝ寝る
・いたゞきは立ち枯れの一樹
・蠅がうるさい独を守る
・ひとりのあつい茶をすゝる
・花いばら、こゝの土とならうよ
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六月廿二日 同前。
晴曇さだめなし。
小串へゆく、もう夾竹桃が咲いてゐた、松葉牡丹も咲いてゐた。
あんまり神経がいらだつので飲んだ、そして飲みすぎた、当面の興奮はおさまつたが、沈衰がやつてきた、当分また苦しみ悩む外ない
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