ために井師のともされた提灯が照つてゐた。……
六月九日 同前。
晴、といつても梅雨空、暗雲が去来する。
今日は寺惣代会が開かれる日だ、そして私に寺領の畠を貸すか貸さないかが議せられる日だ。
昨夜もあまり睡れなかつたので、頭が重い。
アルコールよりカルモチン――まつたくさういふ気分になりつゝある、飲まないのではない、飲めなくなつたのだ(肉体的に)、意志が弱いと胃腸が強い、さりとはあんまり皮肉だつたが、その皮肉も真実[#「真実」に傍点]になつたらしい、少くとも事実[#「事実」に傍点]にはなつた、健全な胃腸は不健全な飲食物を拒絶する!
年をとると、身体のあちらこちらがいけなくなる、私は此頃、それを味はひつゝある。
川棚温泉には犬が多い、多すぎる。
野を歩いてゐたら、青蘆のそよいでゐるのに心をひかれた、こんなにいゝものがあるのに、何故、旅館とか料理屋とかは下らない生花に気をとられてゐるのだらう、もつたいない、明早朝さつそく私はそれを活けやう。
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・柿の葉柿の実そよがうともしない
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六月十日 同前。
晴、めづらしい晴だつたが、それだけ暑かつた。
朝、宿の主人が、昨夜の寺惣代会では、私の要求は否定されたといふ、私はしみ/″\考へた、そして嫌な気がした、自然と人間、個人と大地。……
野を歩いて青蘆を切つて来て活けた、何といふすが/\しさ、みづ/\しさぞ、野の草はみんなうつくしい、生きてゐるから。
つばくろがよくうたふ、此宿にも巣をかけて雛をかへしてゐる。
此宿もいろ/\の生き物を持つてゐる――人間の子、猫の子、燕の子、牛、私、そして花嫁さん!
彼女から送つてくれた荷物が来た、フトン、ヤクワン、キモノ、ホン、チヤワン、ヰハイ、サカヅキ、ホン、カミ、等、等、等。
その荷物の中から二通の手紙が出て来た、一つは彼に送金した為替の受取、他の一つはS子からのたより、前者はともかくも、後者はちよんびり私を動かした、悪い意味に於て、――なるほど、私は彼女が書いてゐるやうに、心の腐つた人[#「心の腐つた人」に傍点]であらうけれど、――これは故意か偶然か、故意にしては下手すぎる、私には向かない、偶然にしてはあまりに偶然だ。
子供が子猫をおもちやにして遊んでゐる、その子猫は首玉を握りしめられて半死半生になつてゐる、小さい暴君と小さい犠牲、人間の残忍と畜生の弱さだ。
夕方散歩する、いそがしい麦摺機の響、うれしさうな三味の音と唄声。
今日はいやにゲイシヤガールがうろ/\してゐる。
私の因縁時節到来[#「私の因縁時節到来」に傍点]! 緑平老へ手紙を書きつゝ、そんな感じにうたれた。
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ふたゝびこゝで白髪を剃る
どうでもこゝにおちつきたい夕月
・朝風の青蘆を切る
□
・これだけ残つてゐるお位牌ををがむ
□
・あるだけの酒のんで寝る月夜
・吠えてきて尾をふる犬とあるく
・まとも一つの灯はお寺
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昨夜は幾夜ぶりかでぐつすり眠つたが、今夜はまた眠れないらしい、ゼイタク野郎め!
若夫婦の睦言が、とぎれ/\に二階から洩れてくる、無理もない、彼等は新婚のほや/\だ。
どうしてもねむれないから、また湯にはいる、すべてが湯にとける、そしてすべてがながれてゆく。……
六月十一日 同前。
快晴、明日は入梅だといふのに、これはまた何といふ上天気だらう、暑い陽がきら/\照つた。
農家は今が忙しい真盛りだ、麦刈、麦扱(今は発動機で麦摺だが)、やがてまた苗取、田植。
しかし今年はカラツユかも知れない、此地方のやうな山村山田では水がなくて困るかも知れないな、どうぞさういふ事のないやうに。――
歯が悪くなつて、かへつて、物を噛みしめて食べるやうになつた(しようことなしに)、何が仕合になるか解つたものぢやない。
此宿の裏長屋に、仔猫が四匹生れてゐる、みんな可愛い姿態を恵まれてゐる、毎日、此宿の孫息子にいぢめられてゐるが、親猫は心配さうに鳴いてゐるより外ない、その仔猫を夕方、舞妓が数人連れて貰ひに来た、悪口いつては気の毒だが、仔猫仔猫を貰ひに来た、ソモサン!
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・からつゆから/\尾のないとかげで
いつしよにびつしより汗かいて牛が人が
・ゆふぐれは子供だらけの青葉
仔猫みんな貰はれていつた梅雨空
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また文なしになつた、宿料はマイナスですむが、酒代が困る、やうやくシヨウチユウ一杯ひつかけてごまかす。
やつぱり生きてゐることはうるさいなあ[#「やつぱり生きてゐることはうるさいなあ」に傍点]、と同時に、死ぬることはおそろしいなあ[#「死ぬることはおそろしいなあ」に傍点]、あゝ、あゝ。
六月十二日 同前。
曇、今日から入梅。
山を歩い
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