て山つつじを採つて戻る、野の草といつしよに、――花瓶に活けて飽かず眺める。
川棚名物の『風』が吹きだした(湯ばかりが名物ぢやない)。
十六銭捻出して、十一銭は焼酎一合、五銭は撫子一包、南無緑平老如来!
リヨウマチ再発、右の腕が痛い。
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・明けてゆく鎌を研ぐ
・枝をおろし陽のあたる墓
・山の花は山の水に活けてをき
客となり燕でたりはいつたり
考へてをれば燕さえづる
・旅のペンサキも書けなくなつた
・ころげまはる犬らの青草
・ひとりの湯がこぼれる
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六月十三日 同前。
朝のうちは梅雨空らしかつたが、やがてからりと晴れた、そして風も相変らず吹いた。
三恵寺へまた拝登する、いかにも山寺らしい、坐禅石といふ好きな岩があつた、怡雲和尚(温泉開基、三恵寺中興)の墓前に額づく、国見岩といふ巨岩も見た、和尚さん、もつと観光客にあつてほしい。
酒はもとより、煙草の粉までなくなつた、端書も買へない、むろん、お香香ばかりで食べてゐる、といつて不平をいふのぢやない、逢茶喫茶[#「逢茶喫茶」に傍点]、逢酒喫酒の境涯だから[#「逢酒喫酒の境涯だから」に傍点]――しかし飲まないより飲んだ方がうれしい、吸はないより吸ふた方がうれしい、何となくさみしいとは思ふのである。
南無緑平老如来、御来迎を待つ!
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妙青禅寺
もう山門は開けてある
梅雨曇り子を叱つては薬飲ませる
子猫よ腹たてゝ鳴くかよ
子をさがす親猫のいつまで鳴く
仔牛かはいや赤い鉢巻してもろた
三恵寺
樹かげすゞしく石にてふてふ
迷うた山路で真赤なつゝじ
牛小屋のとなりで猫の子うまれた
・家をめぐつてどくだみの花
働きつめて牛にひかれて戻る
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今日は句数こそ沢山あるが、多少でも自惚のある句は一つもない、蒼天々々。
どうやら寺領が借れるらしい、さつそく大工さんと契約しよう、其中庵まさに出来んとす、うれしい哉。
六月十四日 同前。
晴、朝の野べから青草を貰つてきて活ける、おばさんから貰つて活けてをいた花は、すまないけれど、あまり感じよくないから。
青草はよい、葉に葉をかさねて、いき/\としてゐる。
来信数通、みんなうれしいたよりであるが、殊に酒壺洞君、緑平老、井師からの言葉はうれしかつた。
返事を書かうと思つても端書がない、切手を買ふ銭がない、緑平老への返事は急ぐので、やうやくとつておきの端書一枚を見つけて、さつそく書いた。
貧乏は望ましいものでないが、かういふ場合には、私でも多少の早敢[#「早敢」に「マヽ」の注記]なさを覚える。
嚢中まさに一銭銅貨一つ、読書にも倦いたし、気分も落ちつかないので、楠の森見物に出かける、天然記念保護物に指定されてあるだけに、ずゐぶんの老大樹である、根元に大内義隆の愛馬を埋葬したといふので、馬霊神ともいふ、ぢつと眺めてゐると尊敬と親愛とが湧いてくる。
往復二里あまり、歩いてよかつた、気分が一新された、やつぱり私には、『歩くこと』が『救ひ』であるのだ。
途上、切竹が捨てゝあつたので拾つて戻つた、小刀で削つて衣紋竹を拵らへた、その竹を活かしたのだが、ナマクサ法衣をひつかけられては、竹は泣くかも知れない。
河があつた、小魚が泳いでゐる、釣心がおこつた、いつか釣竿かたいでやつてきたい(漁猟の中では、私は釣が一番よいと思ふ、一番好きだ)。
君よ、ナマクサと嘲るなかれ、セツシヨウを説くなかれ、ナマクサ坊主は遂にナマクサ坊主なり!
うしろ姿は鬼、こちら向いたら仏だつた、これは或る日の行乞途上の偶感である。
君は不生産的[#「不生産的」に傍点]だからいけないと、或る人が非難したのに対して、俺は創造的[#「創造的」に傍点]だよと威張つてやつた。
けふもサケナシデーだつた、いやナツシングデーだつた、時々、ちよいと一杯やりたいなあと思つた、私は凡夫、しかも下下の下だ、胸中未穏在、それは仕方がない、酒になれ、酒になれ通身アルコールとなりきれば、それはそれでまたよろしいのだが、そこまでは達しえない、咄、撞酒糟漢め。
夕方また歩いた、たゞ歩いた。
自から嘲る気分から、自からあはれみ自からいたはる気分へうつりつゝある私となつた、さて、この次はどんな私になるだらうか。
いつからとなく私は『拾ふこと』を初めた、そしてまた、いつからとなく石を愛するやうになつた、今日も石を拾うて来た、一日一石[#「一日一石」に傍点]としたら面白いね。
拾う――といつても遺失物を拾ふといふのではない(東京には地見[#「地見」に傍点]といふ職業もあるさうだが)、私が拾ふのは、落ちたるもの[#「落ちたるもの」に傍点]でなくして、捨てられたもの[#「捨てられたもの」に傍点]、見向かれないもの[#「見向かれ
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