ありがたい品物が到来した、それはありがたいよりも、私にはむしろもつたいないものだつた、――敬治君の贈物、謄写器が到来したのである、それは敬治君の友情そのものだつた、――私はこれによつてこれから日々の米塩をかせぎだすのである。
今夜も千鳥がなく、虫がなく。……

 七月十三日

雨、雨、雨、何もかもうんざりしてゐる、無論、私は茶もなく煙草もなく酒もなくてぼんやりしてゐるが。
正法眼蔵啓迪「心不可得」の巻拝読。
白雲去来、そして常運歩(其中庵は如何)。
とう/\我慢しきれなくなつて、おばさんからまた金二十銭借る、それを何と有効につかつたことか――郵券二銭一枚、ハガキ二枚、撫子一包、そして焼酎一合!
私もどうやらかうやらアルコールから解放[#「アルコールから解放」に傍点]されさうだ、といつて、カルモチンやアダリンはまつぴら/\。
午後、ぶら/\歩いて、谷川の水を飲んだり、花を摘んだりした、これではあまりに安易すぎる、といつて動くこともできない、すこしいら/\する。
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・ひとりなれば山の水のみにきた
・山の仏には山の花
[#ここで字下げ終わり]

 七月十四日

曇、まだ梅雨模様である、もう土用が近いのに。
今日も、待つてゐる手紙がない、旅で金を持たないのは鋏をもがれた蟹のやうなものだ。手も足も出ないから、ぼんやりしてる外ない、造庵工事だつて、ちつとも、捗らない、そのためでもあるまいが、今日は朝から頭痛がする。……
山を歩く、あてもなしに歩きまはつた、青葉、青葉、青葉で、ところ/″\躑躅の咲き残つたのがぽつちりと赤いばかり。
めづらしく句もない一日[#「句もない一日」に傍点]だつた、それほど私の身心はいぢけてゐるのだらうか。

 七月十五日

一切憂欝、わづかに朝湯が一片の慰藉だ。
たゞ暑い、空つぽの暑さだ。
南無緑平老菩薩、冀はくは感応あれ。
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・暑く、たゞ暑くをる
・蜩のなくところからひきかへす
・あすはよいたよりがあらう夕焼ける
    □
・食べるもの食べきつたかなかな
[#ここで字下げ終わり]
夕の散歩で四句ほど拾ふたが、今年はじめて蜩を聴いたのはうれしかつた、峰と峰とにかこまれたゆふべの松の木の間で、そこにもこゝにも蜩がしづかにしめやかに鳴きかはしてゐた(みん/\蝉は先日来いくたびも聴いたが)。

 七月十六日


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