工合がわるかつたものだから、とか何とかいつてごまかしておかうか(私はもつと、もつと卒直でなければならないのだけれど)。
小包が来た、酒壺洞君からだ、うれしかつた、君には嫌な半面がある代りに、極めて良い一面がある、まだ若いから仕方なからう。
こゝに滞留してゐて、また家庭といふものゝうるさいことを見たり聞いたりした、独居のさびしさは群棲のわずらはしさを超えてゐる。
このあたりは、ほんたうにどくだみが多い、どくだみの花を[#「を」に「マヽ」の注記]家をめぐり田をかこんで咲きつゞいてゐる。
自殺した弟を追想して悲しかつた、彼に対してちつとも兄らしくなかつた自分を考へると、涙がとめどもなく出てくる、弟よ、兄を許してくれ。
昨日も今日も連句の本を読む、連句を味ふために、俳句を全的に味ふために。
どうやら『其中庵の記』が書けさうになつた。
[#ここから2字下げ]
・竿がとゞかないさくらんぼで熟れる
・花いちりん、風がてふてふをとまらせない
・梅雨の縞萱が二三本
    □
・水は澄みわたるいもりいもりをいだき
[#ここで字下げ終わり]
だん/\心境が澄みわたることを感じる、あんまり澄んでもいけないが、近来あんまり濁つてゐた。
清澄[#「清澄」に傍点]、寂静[#「寂静」に傍点]、枯淡[#「枯淡」に傍点]、さういふ世界が、東洋人乃至日本人の、つゐの棲家ではあるまいか(私のやうな人間には殊に)。
柿、栗、蕗、筍、雑木、雑草、杜鵑、河鹿、蜩、等々々。
いづれも閑寂の味はひ[#「閑寂の味はひ」に傍点]である。
さみしい夜が、お隣の蓄音器によつて賑つた、唐人お吉、琵琶歌、そして浪花節だ、やつぱりおけさ節が一等よかつた。

 六月十六日 同前。

降りみ降らずみ、寝たり起きたり。
予期しないゲルトが少しばかり手に入つた、酒を買ふたり、頭を剃つたり、胡瓜もみをこしらへたり、いやはや忙しい事だつた、嬉しい事だつた。
土地借入について保證人になつて貰ふべく、森野老人を訪ねる、即座に快諾して下さつた。
森野老人に感謝すると同時に、木村幸雄さんに感謝しなければならない。
今夜、はじめて温泉饅頭を食べた、うまい、そしてたかい。
御飯とお香々、――ありがたし、ありがたし。
銭といふものの便利を感じすぎるほど感じた、私は金銀[#「金銀」に傍点]そのものを、その他の物[#「物」に傍点]以上に有難いとは思はない、
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