はかういふ風でなければならない、ありがたい/\。

 六月二日 同前。

雨、そして関門地方通有の風がまた吹きだした、終日、散歩(土地を探して)と思案(草庵について)とで暮らした。
午後、小串へ出かけて、必要缺ぐべからざるもの[#「必要缺ぐべからざるもの」に傍点]を少々ばかり買ふ。
山ほとゝぎす、野の花さま/″\。
老慈師から、伊東君から、その他から、ありがたいたよりがあつた。
隣室の奥さん――彼女はお気の毒にもだいぶヒステリツクである――から御馳走していたゞいた。
自己を忘ず[#「自己を忘ず」に傍点]――そこまで徹しなければならない。
こゝはうれしい、しづかにしてさびしくない[#「しづかにしてさびしくない」に傍点]。
だん/\酒から解放される、といふよりもアルコールを超越しつゝある、至祷至祝。
緑平老から貰つた薬を、いつのまにやら、みんな飲んでしまつた、私としては薬を飲みすぎる、身心がおとろへたからだらうが、とにかく薬を多く飲むほど酒を少く飲むやうになつたわい。
昨夜はよく寝られたのに、今夜はどうしても眠れない、暁近くまで読書した。
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 家をさがすや山ほとゝぎす
 月草いちめん三味線習うてゐる
・ばたり落ちてきて虫が考へてゐる
・旅のつかれの夕月がほつかり(改作再録)
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 六月三日 同前。

雨、まるで梅雨のやうだ、歩いたり、考へたり、照会したり、交渉したり……、たゞ雨露を凌ぐだけの庵を結ぶのもなか/\である。
早朝、雷雨に起きて焼香し読経する。
温泉饅頭を坊ちやんに、心経講話をパパに送つてあげる(伊東君にあてゝ)。
夕方、一風呂浴びて一本傾けて、そしてぶら/\歩く、こゝにも温泉情調[#「温泉情調」に傍点]はある、カフヱーと自称するもの二軒、百貨店と自称するもの一軒、食堂二三軒、そこかしこに三味線の音がする、……いやまて、ビリヤード二軒、射的場も一軒ある。……
妙青寺拝登、長老さんにお目にかゝつて土地の事、草庵の事を相談する(義庵老慈師の恩寵を感じる)、K館主人にも頼む、すぐ俳句の話になる、彼氏も一風かはつた男だ、N館主人も[#「人も」に「マヽ」の注記]頼む、彼は何だか虫の好かない男だ、とにかく成行に任せる、さうする外ない私の現在である。
山はうつくしい、茶臼山から鬼ヶ城山へかけての新緑はとてもうつくしい、希くはそれ
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