端書がない、切手を買ふ銭がない、緑平老への返事は急ぐので、やうやくとつておきの端書一枚を見つけて、さつそく書いた。
貧乏は望ましいものでないが、かういふ場合には、私でも多少の早敢[#「早敢」に「マヽ」の注記]なさを覚える。
嚢中まさに一銭銅貨一つ、読書にも倦いたし、気分も落ちつかないので、楠の森見物に出かける、天然記念保護物に指定されてあるだけに、ずゐぶんの老大樹である、根元に大内義隆の愛馬を埋葬したといふので、馬霊神ともいふ、ぢつと眺めてゐると尊敬と親愛とが湧いてくる。
往復二里あまり、歩いてよかつた、気分が一新された、やつぱり私には、『歩くこと』が『救ひ』であるのだ。
途上、切竹が捨てゝあつたので拾つて戻つた、小刀で削つて衣紋竹を拵らへた、その竹を活かしたのだが、ナマクサ法衣をひつかけられては、竹は泣くかも知れない。
河があつた、小魚が泳いでゐる、釣心がおこつた、いつか釣竿かたいでやつてきたい(漁猟の中では、私は釣が一番よいと思ふ、一番好きだ)。
君よ、ナマクサと嘲るなかれ、セツシヨウを説くなかれ、ナマクサ坊主は遂にナマクサ坊主なり!
うしろ姿は鬼、こちら向いたら仏だつた、これは或る日の行乞途上の偶感である。
君は不生産的[#「不生産的」に傍点]だからいけないと、或る人が非難したのに対して、俺は創造的[#「創造的」に傍点]だよと威張つてやつた。
けふもサケナシデーだつた、いやナツシングデーだつた、時々、ちよいと一杯やりたいなあと思つた、私は凡夫、しかも下下の下だ、胸中未穏在、それは仕方がない、酒になれ、酒になれ通身アルコールとなりきれば、それはそれでまたよろしいのだが、そこまでは達しえない、咄、撞酒糟漢め。
夕方また歩いた、たゞ歩いた。
自から嘲る気分から、自からあはれみ自からいたはる気分へうつりつゝある私となつた、さて、この次はどんな私になるだらうか。
いつからとなく私は『拾ふこと』を初めた、そしてまた、いつからとなく石を愛するやうになつた、今日も石を拾うて来た、一日一石[#「一日一石」に傍点]としたら面白いね。
拾う――といつても遺失物を拾ふといふのではない(東京には地見[#「地見」に傍点]といふ職業もあるさうだが)、私が拾ふのは、落ちたるもの[#「落ちたるもの」に傍点]でなくして、捨てられたもの[#「捨てられたもの」に傍点]、見向かれないもの[#「見向かれ
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